気儘に歩く~ 8月の記憶

 毎日が暑い!その上矢継ぎ早に発生する台風に心の安らぐ暇も無い!これ困ったことだ。熱中症を心配するでもなないが堪らぬ暑さに、寝室・居間・台所と在宅中は何処かで冷房機は稼働している。我慢・忍耐力の低下?それとも歳なのか暑さにウンザリする日が続く8月半ば・・・・・

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久しぶりに友の来訪あり。ピッザでも作りお持て成しをしようと、朝から粉を練り発酵させるべくオーブンに、設定40度で1時間経過。扉を開けて見ると驚くなかれ!これ何や!表面がホンノリと茶褐色の丸いパンに変化しているでは???ピッザを諦めソーメンを湯がき、その場を凌ぐ。馬鹿みたいな一日!!

振り返って見れば悪夢の2013年3月であった。冷蔵庫・食洗器・電子レンジと故障が連チャン、悪魔の悪戯か貧乏神に取り付かれた魔の年であった。それから6年、早くも電子レンジが故障した?温度設定の間違い?、電光表示の不良か?

ならば原因究明、再挑戦あるのみ!朝から粉を練り発酵へ、ここは無理をせず夏場の事なり、器内を40度に予熱後、電源offとして1時間後の発酵を見届ける。結果は上出来!。それを延ばしてトッピング。焼きは220度で18分。どうやら温度コントロールが思わしくない!僅か16分で焼け過ぎ気味の仕上がり結果である。

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仕上がりは是だ~~すかさず「天の声」が耳元に・・・・・
トッピングに工夫が足りないよ!チーズの被せ方を丁寧に!もっと見栄えを好くするべしと・・・・

ごもっとも!ごもっとも!でも食べて見るとまあぁ~まあぁ~の出来栄に自画自賛するしか。でも悩みは一人で食べるは味気なさ!これ一番キツイ現実なのだ・・・・・・はい~これ「ピッザモドキ」の顛末記なり。

家人が還らぬ人となって一年。月日の経過は早く、寂しさは衰える事を知らず。無我夢中の一年となる。相変わらず足の感覚が今一好くならずである。車を諦め電動アシスト自転車で行動するも、その範囲は狭く不自由この上なし。その上この暑さである。

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昨年を除き、例年5月から8月は、暑さを厭わず「和歌の浦干潟」でトビハゼと戯れる日々だった。でも、昨年10月の颱風禍以後、妹背山に至る三断橋修理工事(写真上)で立ち入り禁止が続いている。トビハゼも棲み難いであろうよ。

話は少し遡るが、今年5月の事。今迄、見る事の無かった不老橋の西寄り(市町川側)に生息場所を移したトビハゼの姿を発見する。(写真下)当時のトビハゼのお姿なり。

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その後の消息は不明なり。暑さを言い訳に外出は控えています!主夫に専念しています!・・・・・はい~~

気儘に歩く~  6月の記憶  加太鉢巻山へ

2019. 6.28 (金曜日)晴れ

 今年3月初めの事。想像もしなかった独身生活となって初のお誘いだったと思う。山ウォークに参加した。一年以上のブランクは、足腰の老化は想像以上のものと認識させられる。

景色は抜群である!だが、高々134mの小高い丘と軽く考えていた。されど老化!足が悲鳴を上げている。それを察知してか?山頂を諦め本日の行程は是までと引っ返すリーダーの情け心に感謝した当時であった。

そのリベンジ、山頂を目指そう!前回と同じ和歌山市加太・和歌山市立青少年国際交流センター(旧少年自然の家)駐車場よりスタート。天候は雲多く蒸し暑い、視界は悪く淡路島・明石周辺等遠くの景色は望めそうになし。 

出発前の出来事。本日の企画・リーダーでもある水準点オタクのW氏。早速センター職員を掴まえて白地図を手に水準点探索を始めている。(写真下)今迄見たことも無いスマートな塔の存在。近付いて見ると以下の記載を読むことが出来ました。

「基本 電子基準点(GPS観測局)№950369 建設省国土地理院
地上約2万Kmの高さを周回するGPS衛星が発信する電波を受信しこの地点の位置を観測するための施設。受診データーは、つくば市にある国土地理院に毎日転送しています。このデーターは、土地の測量、地図の作成、地震・火山噴火予知の基礎資料に利用される。
 
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10:30スタート 今回も前回も、戦跡めぐりではありません。しかし友が島・深山・加太と言えば、明治時代より紀淡海峡を通り大阪湾に侵攻する外国軍艦を見張る「由良要塞」砲台が随所に築かれていた。その旧跡が今も沢山残されています。

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展望広場からの視界は全然駄目・駄目、回復は望めそうになし。山頂へと急ぎましょう。進む道は広く一部舗装されている。かっては弾薬・装備など輸送する軍用道路の片鱗を窺い知れる。

加太砲台跡から田倉崎砲台跡へ。今は子供広場となって立派な遊具が整備されているも周りは弾薬庫・砲具庫等々レンガ造りの建物が広場を睨んでいるかのようにも見える。

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現在の子供たち、レンガ造りの建造物の用途は?と尋ねても何か不用品を仕舞い込む倉庫位しか思わない事でしょうに。

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アオスジアゲハ・(アゲハチョウ科)が足元に飛来する。他に、樹々の合間を「モンキアゲハ」が絶え間なく舞っている。

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前回は、この辺りまで歩いて来たのだが??これからの距離は如何程に?

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この辺り。田倉崎砲台は、日本製・榴弾砲6門が設置されていたという。(写真下)階段を上り詰めた、直ぐ左脇が目的地鉢巻山の山頂134mなりである。

視界は開けず!雑木が茂るのみ。手作りの表示板が無ければ知る由も無きかな・・・・・・前回は、早まったか引き返しのタイミング。もう少し、足を延ばせば制覇可能だったのだ・・・・・・

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11:46 本日の第一目標達成!往路は上り道。帰路は下りとなって引き返すは早し。風は無く暑い!しかし時間が許す範囲で第2の目的地へと早や頭の中は移動している?・・・・・・

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森林浴を満喫しながら・・・・・・12:37 第一行程ゴールイン。車で移動。加太の街中で昼食を頂き、加太国民休暇村駐車場へと急ぐ。

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13:45 第2のコース スタート 深山第一砲台へと続く歩き易さ抜群のレンガ道。

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14:07 砲台跡をスルーして、海を見渡せる展望所に出る。地ノ島・沖ノ島・虎島・神島を総称して友ヶ島と称す。
展望所から見える一番手前の島は、地ノ島(標高100.5m)深山(現在地)との間を「加太の瀬戸」(幅850m・深さ40m)。

地ノ島・沖ノ島(標高119.9m)間を「中の瀬戸」(幅500m・深さ20m)。沖ノ島・淡路島間を「由良の瀬戸」または紀淡海峡(幅3500m・水深197m)と称する。この紀淡海峡の潮流は、最速65Km/Hrを観測したという。

瀬戸内海の「瀬戸」の意味は、狭い門(狭門・せと)が変化したものという。視界が広がれば、三つの瀬戸を一望できたものだが・・・・・・本日叶わず! * 注 上記数値は現地表示板と異なり別資料による。

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14:25 展望所を後にして、前方遙か加太の街並みを見ながら情け容赦無しの下り道。終えれば最後、休暇村までの登り道。最後の足掻き、歯を食い縛り登り詰めればスタート地点。

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14:54 ゴール 距離は?時間は?ユックリと紐解いて見るか?帰路コーヒータイムを設けて家路へと・・・・・
本日の送迎有難う!何とか雨にも合わず無事帰ることが出来ました。良き哉!良き哉!。

玄関を開ければ・・・・・風呂・夕餉の準備・着替え・天気予報を検索し洗濯を考える!呼び掛けても返す声無し!これ現実なり・・・・・・

気儘に歩く~ 7月の記憶 平池緑地公園でベトナム蓮を見る

2019. 7.17  (水曜日)  晴れ

随分と様変わりしたウェブリブログである。暫く更新を途絶えてより、我が身辺に若干の余裕も出来た!ならばブログの更新をやって見ようか?

まるで竜宮城から玉手箱を抱き故郷に戻って来た浦島太郎の気持ちとなってしまった。ままよ!一か八かの挑戦を試みる!

知人のお誘いあり。少しばかりの時間、平池を覗いて見ませんか?・・・・・今年3月、足に不自由を感じて、車にサヨウナラをしてより平池に行く機会は先ずは無しとなっている。

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行って見よう!蓮は見頃?黒鳥は健在か?

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お~黒鳥は健在なり。一時期、無精卵であるが抱卵を始めたとの記事を見た・・・・・冬から夏毛に変わったのか一回り小さくなった様子なり。相変わらず人を恐れず近付いて来る姿には変わりなし・

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先月末の事、大阪市で開催されたG20+参加国に出席したベトナム首相が来日の帰途、自民党・二階幹事長と共に来園し、蓮を観賞し交流を深めたという。

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シオカラトンボを見付ける・・・・・・極々短時間の見物。

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ウン・ウン!公開は成功した。先ずはおめでとう!少しは要領が判ったような?判らないような?・・・・・


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気儘に歩く~ 3月の記憶  タンポポを探して

 先月、2月17日のこと。自宅近くの山裾に群生するシロバナタンポポの開花を予測して現地を訪れたのだが、一足早く花は梵天(綿毛)と化し、カメラに納め帰ったのは僅かであった。今年の開花は早かった?。開花期に遅れをとってしまったと後悔するも・・・・・・・

だが、まてよ!4月・5月は最盛期の筈!そのうえ晩生のタンポポも有る筈。機会を待とうと決めての2週間後の3月2日。怠け癖を封じ込め重い腰をドッコイショと持ち上げ思い立てば行動あるのみ!再びタンポポは如何お過ごしか現地へと急ぐ!

見事!見事!予想通りに白い花の群れ!遠くからでも確認できるわ!勢い付いて!急げや急げ!

チョット一息!横道にそれて民家の庭先で咲く河津桜(写真下・3月9日写:暦を前後して御免なさい)
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何故か此処、三方が低い山に囲まれた盆地状の広場にシロバナタンポポが群生・開花している。黄花タンポポ(西洋)も存在するが今のところシロバナに較べ花数は少ない様だ。

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この群生地となっている広場は、昔の学校跡。現在は病院の所有地で一部駐車場となっている。

和歌山気象台公表の生物季節観測データーでは、和歌山市のタンポポ開花日は3月1日。平年よりも4日早いという。

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余談ですが、1970年代から始まったという。誰もが参加できるタンポポ調査。参考までにWebで調べて見ると今年は調査年となっていた。興味ある方は是非Webで確認ください。

西日本タンポポ調査。19府県が参加しての広域調査。2019年3月1日~5月31日。
                                   2020年3月1日~5月31日。

参加方法は
① 花の咲いたタンポポを見付ける。
② 調査用紙に必要事項を記入する。
③ たんぽぽの花を採ってティシュに包む。
④ 種があれば記録用紙にセロテープで貼り付ける。
⑤ 調査用紙とタンポポの花を事務局に送る。

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腰を下ろし花を眺めていると「虻」が訪問。花粉を舐めるのか?蜜を吸うのかな?様子を見ていると静かに飛び去る。一瞬の出来事なり。

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春先は、シロバナタンポポ優勢気味。暖かさが増せば黄花タンポポは急激に花数を増やす事でしょう・・・・・・

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3月27日 12:30

前回観察から25日も経過した。はや山桜が満開。ソメイヨシノは一・二輪咲き始めている。日陰の法面に、カンサイタンポポと土筆が揃って顔を出している。

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和歌山の桜開花は3月25日だったと記憶する。此処に数本在るソメイヨシノの古木、チラホラ咲き始めたばかりです。広場のタンポポは???予想通り白と黄色の競艶・花盛り。

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黄花タンポポの花頭を返して見ると手元にある「タンポポ調査近畿2005」の用紙に示されている総苞外片の反り返り状態は、私の見立ては「区分3」に該当する。即ち、総苞外片は横向きに開く(上向きと下向きが混じる)。

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以前は、桜の樹の下、斜面でも沢山のシロバナタンポポが咲いていたのだが、雑草の狩り取り作業で花数は減少し、目にするは5株程にも満たない現状。それに反し勢力圏は広場の西から東へと年々分布範囲を広げている。

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(写真下)前述した総苞外片の状態「区分3」と私が判定した黄花タンポポです。○× 如何でしょうか

「memo帳」
西洋タンポポは帰化植物。全てとは言えないが、クラーク博士で有名な札幌農学校の教師ブルックスが食用として輸入したのが野生化して日本国内に広まったともいう。

タンポポの種類は・・・・・・我が国には20数種類が自生するという。世界的には、タンポポ属として北半球の温帯から暖帯に400種が自生するという。

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陽だまりの道路にムラサキシジミが舞い降りる。落ち葉に紛れ存在を見失うも僅かに羽を広げると、あぁ~見付けた!

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ほぼ満開の桜。品種は不知。これから暫くは人々は上を見上げるばかりにて地上に咲くタンポポ等に眼を向けてくれない事でしょう。

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樹間の奥に見える広場に白・黄色のタンポポが群生する。此処は総て私有地ですから立ち入るについては了解を戴いてください。念のため!

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はい~長いお休みでした。やっと一つ更新出来ました。自分で自分を褒めてやりましょう!!

だがしかし、タンポポを外すと・・・・・・またまた愚痴・文句が淀みなく吹き出します!朝起きて先ず考える事は、本日の餌を何とする???これが一日始まりとは惨め!惨め!トホホ!

其れや是や考えてると!
新聞には、熟年(40~64歳)引き籠もりが全国61.3万人に対し,若年(15~39歳)引き籠りは54.1万人(2015年調)と若年者より熟年者が多いという。

引き籠りとは・・・・・・
社会参加(仕事・学校)を避けて家にいる状態が半年以上続く事。
自室や家から殆ど出ない(狭義の引き籠り)
趣味の用事の時だけ外出する(広義の引き籠り)
半年間に家族以外との会話が無かったと判る人(引き籠りに含める)

引き籠りには、それ相当の理由はあるでしょうにクワバラ・クワバラ引き籠らない様に、日々生き方を考え直したいと思います・・・・・・・・



気儘に歩く~ 3月の記憶  市内の山を踏破する??

               2019. 3. 9  (土曜日)  晴れ  9:00~17:00

 山に登ろう!!貴方でも無理なく上れるとお誘いを戴く。山歩きはご遠慮申し上げますと丁重にお断りしたのだが!?登り35分・下り20分。但し、階段道600段を有する「和歌山市六十谷・岩神山:238m」という。

それ程ならば行って見るか!日頃の優柔不断?決断力の乏しさを曝け出してのこと次第。その挙句、天候の崩れを予測して予定を一日繰り上げての催行である。

集合場所は六十谷・紀陽銀行前、参加は男女4名、私を除いて強者ばかり。歩き始めの寄り道。六十谷・西山浄土宗 法然寺へ向かう。目的は、山登りの初めに2016年11月本堂再建・落慶法要でお披露目した天井画「 雲龍 」日本芸術学院会員 清水達三氏の奉納画を拝観することにある。

縦 3.81m  横 3.53m 雲龍・ 四隅に沙羅双樹の花模様。
(釈迦が入滅する際に臥床の四方に対になった沙羅の木があったという。仏教では無常の象徴・聖木とされる)

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9:20 岩神山へ歩き始め。 写真左横に写る丸古木の表面に「岩神観音参拝道」と刻まれている。本日の行程は、何時もの如く総てW氏任せ。吐息荒げて従うのみ・・・・・・頑張りましょう!!

先頭を歩く女性達、数年前には常にシンガリ保持者だったが、何時の間にか攻守交替シンガリを死守するは当方になってしまった。

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紀泉アルプスの府県境、札立山・大福山を背後に位置する山裾。標高238mなるも和歌山市街を一望する見晴らし抜群の山、夜景も見事等と想像しながら未だ余裕。

木立の合間、落ち葉踏む道消え去りて見上げる向こうに、狭い急な石段が壁の様に行く手を阻む。カメラ等構える余裕は何処かへ。休み!休み。手摺・ロープを頼りにどうにか上りきると大都市和歌山の景色が広がる・・・・・・・

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幾分靄う和歌山市街を眺める至福の一時。街のシンボル和歌山城は高層ビルの背後にして見えず。

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紀ノ川大堰、橋長532m。制水ゲート5、流調ゲート・予備ゲート各2門、治水・利水を目的とする可動堰は眼の下に連なる。

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10:20 陽光溢れる南斜面に小さな祠。大きな岩石に身を隠す様な岩神観音立像を拝する。今日の無事を願って一礼。

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紀ノ川河口方向を見ながら思う!観音参りとは何処も険しい階段を昇らなければ拝めない!何とも無慈悲な仏よと憂うばかり・・・・・・・

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10:35 祠を後に、少し引き返し山頂へと向かう。頑張りました。バンザイ!山頂到達!祠で休息したと言え35分の予定が随分と時間を浪費をしたことか。

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山女の大きな荷物は?このためや、思いも依らぬホットコーヒーのおもてなしを頂き感謝・感激そして休息!

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11:00 来た道を下山・・・・・・転ばぬように!脚を踏み外さぬ様に足元注視!注視!お喋りすることも無くひたすら無心に下山!

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石段を過ぎれば余裕なり。日溜まりに越冬から目覚めた「テングチョウ」を発見。人影に驚き舞い上がるも飛び立った場所に舞い戻る。春一番先にお目に掛かる蝶なのだ。

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11:40 出発地に到着。車に乗り込み予定していた食堂3か所で入ること叶わず。4度目の正直、どうにか昼食に有り付き次の目的地へと向かう。

13:55 和歌山市加太・青少年国際交流センター(旧少年自然の家)の駐車場に到着。
当施設は、平成30年12月:旧少年自然の家を建て替えオープンしたもの。宿舎・会議室などを配し、世代・国内外問わず国際交流・スポーツ活動・文化芸術活動等に利用を呼び掛けている。加太まちづくりグループが指定管理者として管理運営されているという。

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センター前から鉢巻山:標高134mを目出す。途中罠に掛かった小猪。檻の中で右往左往。この後の始末は気になるところ・・・・・・・

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午前中は階段路に悪戦苦闘!この道ならば我慢の範疇!でも・でも正直、今日はどれだけ歩かすのやら責任者出てこい!!心の内で叫びながら不安が過ぎる。

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この道は旧田倉崎砲台に通じる軍用道。石積の弾薬庫・砲台跡・観測所跡が随所に見える。

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四国・淡路島・友が島・地ノ島。霞んで見える明石大橋・六甲の山並み。景色抜群の展望所からの眺め値千金。その片隅に水準点を発見。

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前方に明石大橋が微かに見える。

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アスレチィック広場への道。頭上に吊り橋、さっそくお試し挑戦!

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由良要塞・田倉崎砲台跡
明治37年4月竣工:28cm榴弾砲6門。加太地区砲台の最南端に位置し、紀伊水道南方向制圧を目的に設けられた。現在は遊戯器具・🚻を配し「家族・子供の広場」となっている。

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前方に見える「加太の瀬戸」 : 幅850m・深さ40m 地ノ島と深山の間を抜ける船舶の通り道。手前には加太漁港・前方山あいに見える白い建物は加太国民休暇村。

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15:02 鉢巻山の手前にて本日は是まで!天の声・心地よき響き!

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展望所から見る友が島(標高119.9m)・虎島・中の瀬戸(幅500m・深さ20m)・地ノ島(標高100.5m)の眺め。

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本日の幕引き!ご厚意により自宅まで・・・・・・・車を見送り50m足らずの道を!!歩けない!足が動かない!暫し屈伸運動。やっと玄関先へ。

風呂を掃除し夕食の支度!味噌汁温め、冷凍鰻を湯煎、玉子を焼いて鰻玉丼に!!。愚痴をこぼしても問答の無い今。・・・・・・やるしかなし!

風呂上がり脚への水掛け存分に、なお痙攣を予測し漢方薬・飲み水の用意と対策怠りなく寝床に着く。翌日、嬉しや快調なるも静養に徹する。

翌々日、あろうことか足が重い!完全に筋肉痛。階段昇り降りは苦痛なり。やはり歳!笑うしか無し・・・・・・・・

気儘に歩く~ 2月の記憶 JR大阪近郷区間大周りすれば

2019. 2 .23  (土曜日)  8:00~20;00

 三度の挑戦!JR大阪近郷区間大廻り。運賃「和歌山 ⇄ 紀伊中の島:240円」一日乗車の旅。ことの始まりは、話に聞くが実現可能か否かは体験して見なければ解らない。半信半疑で実行あるのみと旅立つは、2016.9.3の初試み。

実行すれば面白い!ならば雪景色を車窓から!。第2回は2018.2月、運よく降雪多き湖北の銀世界を車窓より眺める。でも、不運にも私は参加する事叶わず。

残念の想い捨て難くアンコール雪見ツアーを懇願したのである。嬉しきかな、再行者も得て出発の運びとなりました。結果は(写真下)予想に反して雪景色は望めずガッカリ!!伊吹山すら冠雪は僅か、しかしお喋りに専念する10時間余りの覚書・・・・・・出発進行!!

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当日の参加者男女9名。8:00 JR和歌山に集合。

(写真下)窓口にて、ひと駅の往復・切符購入する。参考までに、人数が揃えばの事。往復240円より未だ格安?回数券を購入する方法も有りという。

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本日のルートは(写真下:青線) 所要時間 : 10時間59分
                     距離     : 467.7 Km  
                     普通運賃  : 7,350 円 (対距離)

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JR「和歌山駅」を出発、和歌山線・桜井線経由して約3時間、最初の乗り継ぎ「奈良駅」に到着。乗継迄の暇に、駅ホームにて作戦会議??

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11:20発⇒(関西本線)⇒11:34着「加茂駅」11:42発⇒(関西本線)⇒12:38着「柘植駅」。進行途中の笠置駅舎下、木津川に添って柳生の里・笠置キャンプ場が見える。冬場の寒さを厭わず多数のテントが張られている。

近年の傾向は、暖房さえ整えば、夏場より冬場キャンプが、厄介な虫に煩わされる事なく快適なりという。

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(写真下)伊賀上野駅、忍者看板を眺めながら当格安ツアーの特典を記すと、全ての駅舎、改札から外へは出る事できず!ただ移り行く景色を車窓から眺めるだけの我慢!。

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⇒(関西本線)⇒12:38着「柘植駅」13;01発⇒(草津線)⇒草津への待ち時間。反対車線に、ふ~ん!!山城列車ならず山城列茶??難しや?面白し?。緑のラッピング車両が到着する。色んなラッピング車両があるもんだ!!

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柘植を出て甲賀(こうか)・・・・・・・忍者の里伊賀・甲賀(いが・こうが)「か」に濁点で記憶していたが駅名には「こうか」と記されている。是は知らなかった!!

車窓より近江富士(写真下)を見ながら・・・・・・・・列車は間もなく草津駅ホームに、13:47着「草津駅」13:51発⇒(東海道・北陸本線)⇒「米原」⇒「長浜」へ

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東海道本線・草津を出れば車窓よりの眺め慌ただしく野洲・近江八幡・安土・彦根と興味津々立ち寄りたき駅名が連続する・・・・・・・(写真下)民家の屋根越し遠くに彦根城を見る。

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米原駅から見る「鉄道総合技術研究所」世界トップクラス(400Km/hr)風洞実験設備・新幹線テスト車両等を有する。テスト車両は車窓からも見る事が出来る。
但し、お喋りに熱中したのか居眠りか??写真の存在皆無なり!可笑しい??

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「米原」⇒14:35着「長浜駅」15:11発⇒(北陸本線)⇒15:34着「近江塩津駅」15;40発⇒(湖西線)⇒「山科駅」⇒(東海道本線)⇒「京都駅」⇒「新大阪駅」⇒「大阪駅」へ

近江塩津駅を出れば待望の余呉湖!湖北の雪景色を満喫するの筈。(写真下)予想に反して御覧の景色・・・・・・・・

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近江塩津駅列車到着までの一時。横に立つ男性が背負うナップザックに琵琶湖一周ウォーク・スタッフの標示と容姿。琵琶湖一周??Kmと尋ねる。間を置かず200Kmと返事有り。

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マキノ駅近くから雪被る箱館山方向を見るとメタセコイヤ並木の先端が連なって見える。一方琵琶湖を左に見ながらの湖西線・先頭車両の車窓より長く伸びる直線路。幼児還りの気持ちになって我を忘れる・・・・・・・・間違いかな?車両増結したは「近江今江駅」だったかな(写真下)。

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琵琶湖の対岸に近江富士が小さく見える。此処までは座席確保も申し分なし順風満帆を絵に描いたような・・・・・・

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⇒(湖西線・東海道本線)⇒京都・新大阪⇒17:27着「大阪駅」17:40発⇒19:17着「和歌山駅」の予定。本日最後の乗り継ぎを済ませる・・・・・・・・

混雑激しく全員座席確保ならず・・・・・・・天王寺を過ぎれば徐々に座席の確保も有り。全員無事出発駅に到着。立案者を金魚とすれば、その糞となっての一日。良き一日の終演となる。メデタシ!メデタシ!計画・立案者W氏のご苦労に感謝!遅い夕食ラーメン・餃子にて済ませ次回は何処???

反省!今回は2回目の行程。初回よりも力が抜けてたようです。写真もカメラ?いや気持ちの問題?様にならない写真、ゴミ箱に廃棄するものばかしとは情けない・・・・・・・

気儘に歩く~ 2月の記憶  タンポポは綿毛となっている!

 何をしても気乗りがしない!倦怠感を覚え燃え尽き症候群的な近頃。雨戸を開けると青空。昨夜は熟睡出来た爽快な朝である。エブリ サンデーが身に着いて曜日には気にも停めないでいる。でも折に触れ不思議と、あぁ~今日は日曜日等と昔の仕事時代を振り返っても見る。

思い切って歩いて来るか!渡り鳥の飛来地、和歌川河口域に水鳥の飛来は未だ無し、行っても無駄足!ならば裏山の梅林は、シロバナタンポポの開花は?

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手元には、先月住吉大社で戴いた小冊子「平成31年住吉暦」がある。普段、見る事等殆どないが開けて見ると1ページ目に、24節気・春の訪れを知らす2月4日「立春」・2月19日「雨水」・3月6日「啓蟄」とある。

立春から半月経過しての雨水。雪降る季節が段々と暖かくなり雨に変わり潤った土から草木が芽吹く頃という。

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自然界は、いとも敏感なり。拙速なり!暦とは関係なく「シロバナタンポポ」・「西洋タンポポ」は開花し早くも梵天(綿毛)となって飛散した跡も見られる。

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残念!遅かりし・・・・・・・そんなに急いで!!と声を掛けたくなるも抑えに抑えて!。
早生も有り!。3月・4月になって開花を迎える集団もある筈などと淡い期待を抱きながら辺りを見渡す。

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残り福か?少しいじけた様な花。昼を過ぎれば日差しをタラフク浴びて大きく開花するでしょうに・・・・・・・

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緑の雑草のなか、一際目立つ黄色の「西洋タンポポ」も梵天(綿毛)化している。春はすぐそこ!

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タンポポ咲く原っぱから山頂近く梅林へと階段道を登る。標高73mの秋葉山。御坊山・弥勒寺山とも呼ばれる公園。ここ近隣住民の津波避難場所ともなっている。

1976年地元篤志家から220本の梅の樹が植樹されて見事!梅林として賑わった。しかし、近年荒廃が進み元気な樹木は僅か!寂しくなってしまった。

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幾らかの紅梅。白梅が寂し気に花開く。樹の脇で10人程のご婦人たち車座に座り会話が弾んでいる様な・・・・・・・・まだまだ肌寒い午前の陽だまり。

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白梅にも色々品種が有りそうに・・・・・・・・

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遊歩道を歩きながら見上げると随所に昨年の颱風禍をみる。 捩じり折れた楠の木?どのような風が吹いたのか・・・・・・・酷な裂け様に驚くばかり。

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落下盛んな椿、茶筅状の雄蕊・・・・・・・梅の花と比べ花様々!

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拡張された掘割道・・・・・まだまだ工事が続いています。

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吐出川・船着き場跡に残る石灯篭・・・・・・・「吐出川」正しい読み方を知りたいと未だ調べるも正解に辿り着けず。

この在所、古くは海浜の村で専塩を焼した事で村名「塩屋村」となる。「紀伊読風土記」。明治から昭和初期の頃は、村の大部分は畑であった。吐出川は農産物の出荷や畑に入れる土砂の陸揚げとし活用されていた。その船着き場の名残が(写真下)石灯篭である。

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平成10年代に、吐出川の大部分は暗渠となりグリーンベルトと化した。和歌川に至る下流部にポンプ場施設も有る。極近年、川幅を縮小し道幅の拡張に供して、僅かに残る開口部は3面コンクリートの日干し川となっている。

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明日からの週初め、気温が高めだが天候は下り坂という。天候に併せて下着の交換!何時にしようか・・・・・・・考えた事の無い事柄が犇めく独り暮らし・・・・・・・笑うしかなし!

洗面場の鏡 所帯窶れ していないかと映し見る顔・・・・・・・・・あぁ~歳!!

気儘に歩く~ 1月の記憶 街中散策堺市 

 少なからず鳥に興味を抱く私。1月17日付「読売新聞朝刊・編集手帳」の切り抜きを再読しています。それには、横綱・稀勢の里の引退に際し寺山修司氏の詩が披露されていた。

「いろんなとりがいます。あおいとり・あかいとり・わたりどり・こまどり・むくどり・・・・・でも、ぼくがいつまでもわすれられないのは、ひとり、という名のとりです。」

横綱のお話は別として、「ひとり」と称する鳥の存在を改めて知ることに・・・・・・・

人それぞれ理由は異なるも何時かは「ひとり」という呼称を戴く時期が必ず訪れる。友人との別れ。夫婦であれば、その半数に独り身・孤独との闘いが待ち受けている筈。(いや!なかには清々すると仰る御仁もあるかと存じますが?これは別枠にして)避けて通れない別離。辛くとも、それに負けない気力・能力を培っておかなければならないと・・・・・

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痛感させられました。普段は、空気の様に何も気にならない!傍に居るのが当たり前!一言・二言話し合えば一日のコミュニケーションが成立する・・・・・・・・長年培った阿吽の呼吸で仕切っていたものが以外や片方が消滅しての現実は、寂しさばかりなり。

今迄は、家人に、負んぶに抱っこ、そんな訳では更々無いが「青菜に塩」の状態が何時まで続くやら。先が思いやられる。

家族やご近所・友人の励ましや支援に支えられながら孤独感なるもの微塵も無いが寂しさ・侘しさが着き纏う。友は養老院へ入れば!との進言あり・・・・・・・・考えてもみなかった!まさか!背筋が寒くなる思い。でも考えるべき時期の到来かも(苦笑)。

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モヤモヤ感漂うなか1月下旬を振り返る。
わいず倶楽部・住吉大社奉仕行事に仲間入り。その解散後、ご一緒した友と堺市内を散策することになりました。行程は、任せて於けば申し分無し!立案完璧!W氏の計画、但し都合により当事者はお休み。

先ずは前年同様、神社近くの食堂「コロッケ定食・¥1700」昼食にしては些か贅沢。腹ごしらえを整え託された計画書を頼りに「GO~」

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朝方の時雨から解放されたものの、雲間から漏れる太陽は眩しくも兎に角冷たい風!寒い・寒い~。その寒さも厭わず寒稽古なりや!GO!GO!

今回で乗車体験2度目となる阪堺電車(路面電車)で住吉大社⇒(電車)⇒御陵前→(徒歩)→南宗寺→浜寺公園・蘇鉄山登頂→旧堺灯台→神明神社→南海堺駅⇒和歌山市

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臨済宗大徳寺派の禅寺、戦国時代三好長慶(みよしながよし)が父元長の例を弔うために建立。大阪夏の陣(1615)で周辺の寺々共に焼失するも当時の住職沢庵によって再建されたという・・・・・・・・境内では紅梅白梅が寒さを厭わず咲き誇るを見る。

南宗寺の庭に咲く花々を眺めて浜寺公園へと向かう。不知でした!!「日本一低い山は」と問えば、空かさず「天保山・標高5m」と答える・・・・・・・これ常識!間違いとは言わないが、ここではブ~~

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一等三角点を有する日本一低い山は、蘇鉄山・標高6.97m。何んと!このお山でした。因みに一番高いお山は南アルプス赤石岳3,120mという。

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浜寺公園内を横切り旧堺灯台へ・・・・・・
頭上高く高速道路が交差する場違いな場所に取り残された堺灯台の美姿。現存する最古の木造洋式灯台という。対岸には日本最大級の壁画が見える。

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壁画も観賞したいが、兎に角風が強い!寒い!海からの強風に長居は禁物。早々に退散あるのみ・・・・・・・・

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前方の入り江に巨大な女神像が聳えている。掌に載せているは定かでないが珠の様にも見える??何だろう・・・・・・・

調べて見ると「乙姫さん」の愛称で親しまれている女神像。明治36年内国勧業博覧会で大浜水族館前に設置されたもの。堺臨海工業地帯の建設や台風等の影響で廃館となった水族館と共に撤去されました。

平成12年7月、市制110周年記念事業として高さ16mの石座の上に10mのブロンズ像が再建した2代目「乙姫さん」。

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時計を見ると16時に近付くなか、南海本線堺駅南口前の神明神社に立ち寄る。祭神は、天照大御神・豊受大御神他16体が合祀されているという。

社務所には、蘇鉄山々岳会が置かれ、日本一低い山への登山証明書(緑色ハガキ大¥50)で交付されます。面白い試み・・・・・・・

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あぁ~やっと完成!遅くなった!気乗りがしない儘!放置されたままの記事。やっと日の目を見る事になりました。完成した事に慶び次回を頑張ろうと!

何か一つ精魂込めてやり抜く気構えを呼び戻そう!心意気を持ちたい!心ここにあらずとは情けなし・・・・・・反省そして反省!!

気儘に歩く~ 1月の記憶 電動アシスト自転車で!!

              2019. 1.19  (土曜日)   晴れ  9:30~11:45
 自宅周辺散策で最も興味深い所は和歌川河口・浄化水門近くである。冬場になると沢山の鴨が飛来し水面に浮かぶ。潮干の川床を眺めて見るも餌となる水草・藻など見る事は出来ない。しかし、彼らは此処を安息場・安眠の場として選んでいる様な?

浮きながら眠りについている。または護岸石上で日向ぼっこをしている。これらの鴨をカメラに納めその数や種類を知る。だが、今年の飛来は極めて少ない!精々10数羽止まり。近場での護岸工事を嫌ってか?暖冬の為か?理由が判らないのが癪の種!

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朝から好天気、空を眺めて歩きは止めた!。新調したマイカー(自転車)で和歌の浦を一回りして来よう・・・・・・・・行動あるのみ!

先ずは河口浄化水門へ・・・・・・・
そこには「オナガガモ」数羽、日向ぼっこをしているを見る。近付く人影に川の半ばへと飛び立つ。対岸にも数羽存在するが遠すぎる。変化なき静かな河口を諦め、和歌の浦へと走る・・・・

妹背山の干潟に「コサギ」が一羽、水紋も作らず静かに歩く
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閑散とした冬場の片男波海水浴場を横切り、新和歌浦漁港へと走る。土・日・祝日のみ営業している「おっとっと市場」を覗いて見る。お安い魚が?買おうか?どうしよう?今日・明日の献立は無い知恵絞って決定済。本日は我慢・我慢!!

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木立の中で輝く黄金の仏像・高さ10mという。大阪府箕面市の篤志家が家族供養を目的に昨年春完成させたと報じられていたを思い出す。

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道脇に寄り海を見渡す。昨年の颱風禍により遊歩道が破損したのでしょう。大きな土嚢が数多く並べられている。

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新和歌浦から山沿いの田ノ浦の町並を掠め、鏡のように静まり返った春の海と雑賀崎の漁村を眺める。暫く目にしなかった景色。通りに面した佇まいの変わり目を味わいながらバス通りの坂道を一気に下り降りる。

降り切って直ぐに右折しトンネルを抜ければ雑賀崎漁村・海辺に通じる。漁村から田ノ浦へと海岸道を抜けて再び新和歌浦へと向う。田ノ浦からバス通りまでの急な曲り坂、アシスト自転車をしても登坂する事叶わずであった。

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紀州東照宮・天満宮前の池。(写真下)御手洗池から見る天満宮。

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池には10羽程の「ホシハジロ」が浮いている。そのなかに1羽「キンクロハジロ」が存在する。

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鋭い眼光の「キンクロハジロ」。癒しの鳥にしては面相が頂けない。種の多い鳥達のなかで融和な面相と強面見える鳥。見え方の違いは何処に??見え方の異なるを写真で較べて見よう。如何でしょうか???

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鳥の眼の不思議?・・・・・・・
「オナガガモ・カルガモ」の様に融和に見えるは黒一色。「キンクロハジロ」や「ニワトリ」もそうだ!瞳孔と虹彩が2色に分かれれば強面に見てしまう???これ短絡過ぎるかな????

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キンクロハジロ (金黒羽白) カモ目カモ科 本州より南では冬鳥という。
文字通り、眼は金色。身体は黒。翼帯は白い羽根。当地で見る個体数は極々僅か、毎年ホシハジロ等に混じって精々1~2羽見る程度ですかね。

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自動車をマイカー(電動アシスト自転車)に乗り換える。勇気要る決断!悩みました。乗り続けるべきか捨てるべきか!昨年9月3回目の後期高齢者・認知症テストを受けて免許更新したばかり。

3回目ともなれば試験慣れ!結果も100点を頂き自信と余裕!・・・・・しかしながら残念!歳か?一年に及ぶ運動不足か?利き足の感覚が鈍りブレーキ操作危うしの感捨てきれず。車に傷を付けた事も含め、ここは潔く・・・・・・・

家人の送り迎えも卒業し、独り身の気楽さ!最早潮時なり、車を手放しての行動!脚を動かす事で衰えた機能回復・健康増進も有りか等と淡い期待も抱いての結論。

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1月21日 20:10時の月。

昨日、20日 0:54の満月は「スーパームーン」だった。写真は一日遅れのスーパームーンです。月と地球の平均距離は38万4400Km。概ね36万Km以内に近付いた満月・新月をスーパームーンと称するという。 

次回のスーパームーンが観察できるのは2020年4月8日、だが昼間というから見難しである。だいたい1年と40~50日で巡って来るから次回を気長に待とう・・・・・・ 

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2019. 1.23  8:30  スーパームーンから三日後、西の山側に沈む午前の月。表面のクレーター位置に注視。

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気儘に歩く~  1月の記憶 部分日食を見る!

2019. 1. 6  (水曜日)  曇り

正月三が日は駅伝に明け、その走力以上の速さで連休も駆け抜けた気がする。朝から落ち着かない。幾度となく空を見上げては溜息をつく・・・・・・・

部分日食ながら2年10か月ぶりに太陽が欠ける。前々日から観測用の眼鏡・手製のフィルターを準備怠りなく、だが無情にも灰色雲ピッシリ空全体を覆っている。

観測を諦め一年の計は元旦にあり!早くも元旦から6日経過するが、我が家の予算書を作成しなければと準備に入る。

今迄、生活費は?家計簿なんて!月初め多くも無い小遣いを頂ければ、あとは不足しようが余ろうが全然関知せず。家人任せの50有余年。

困った!一人になった今、収入は決まった額の年金頼み。必要経費は如何程か?全然考えても見なかった。知識は皆無・・・・\\\\\\・・・・思案六法!

突然友より電話が!雲の切れ間より日食が見える!悩みは先送り!兎に角持つもの持って玄関より外に!

10:42
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10:57
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11:16
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11:19
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慌てながら、流れる雲に邪魔されながらの結果は、先ず先ず上出来の部類。お手製のカメラフィルターも威力・成果あり。日食の一部始終を見ること叶わずとも、経過の一部を見る事が出来ました。ラッキーなりです。

今年は、歳の暮れ12月26日に再度の日食観測が出来るという。これは1992年以来のことという。天候に邪魔されない事を祈りましょう。


2019. 1.10   (木曜日)  晴れ

倶楽部の行事。和菓子の老舗「総本家駿河屋」工場見学会に参加しました。和歌山市の老舗店、老舗も老舗、何と創業550年以上室町時代からのお店という。

和歌山市の老舗店、現役・操業中の3傑を調べて見ると・・・・・・・
寛正2年(1461)駿河屋(菓子)・天文元年(1736)玉林園(製茶)・明和2年(1765)帯伊書店(紀伊名所図会出版)を知ることが出来ました。

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見学用に戴いた「わいず倶楽部御一行様」と記したパンフ(写真下)。心遣いに感謝!
帰りに紙面掲載の「本の字饅頭」、江戸時代から続く米麹の発酵力で仕上げた酒香のする饅頭を土産に買って帰りました。

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和歌浦煎餅を焼く工程。あぁ~懐かしいや・・・・・・・・
幼少期の和歌浦。学校帰りの道中で食欲をそそる香しき匂いに誘われ立ち止まり眺めていた記憶が甦る。当時は、数個の金型を炭火の上に乗せ、裏返しを繰り返しながら焼いていた?

今は、自動化が進み、手作業は焼印を押し取り外すのみ。でも焼き上がった9枚のうち1~2枚は不良として撥ねている。約2割近くが商品に成らずとは??

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駿河屋と言えば羊羹!天正17年(1589)太閤秀吉の大茶会に、「蒸し羊羹」を改良した「紅羊羹」が引き出物として用いられ大好評。これが全国に広がったという。現在の羊羹(練り羊羹)の製法を確立したのが万治元年(1658)という。

幾つかの工程をガラス越しに拝見、通常の作業は早朝4時頃からという。展示パネルで創業からのお店概要を拝聴。戻ればテーブルの上。そこにはお茶とお菓子が並べられていた。

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駿河屋工場見学を終え、小倉界隈を散策・・・・・・・
旧街道・田圃の畔道を通り光恩寺・食事処で昼食・元村長の屋敷、越し屋根付きの旧家の佇まい等を眺めながら最後に、県指定文化財 天然記念物「姫小松」(和歌山市小倉 井口氏邸)を観賞する。

塀越しに樹木を眺めながら表門方向へと廻る。門扉は開かれて居り、厚かましくも断りなしで失礼いたしました。

庭には見事な樹。表示板には、五葉松の一種、松科の常緑針葉樹。幹周り1.5m・樹高約4m、放射状に枝別れした10数本の枝、長いものは7mにも及ぶ樹齢約300年の名木と記されていた。その立派な容姿に感嘆の声発す。

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歩きは時間にして約1時間。でも足は草臥れましたと申しています。まだまだ鍛えが足りません。お恥ずかしい次第です。

帰宅すれば厳しい現実が待ち受ける!はい~夕食は何を???お昼に贅沢を致しました。簡単に済ませましょうとレトルトカレーを温めて・・・・・・・・これ寡暮らしの気楽さなりと痩せ我慢するしかありませんお疲れ様!!(笑)






気儘に歩く~  1月の記憶  初歩き・・・・・

                 2019年1月1日 (火曜日)  晴れ

 新年を寿ぐ暖かい青天の朝を迎える。しかし私家では、昨年に続き祝い事を絶ちました。 余命半年!残酷な告知が家人に為されたは昨年の2月。宣告通りに旅立ちを見送って寂しい新年となりました。

日々の経過に、少なからず悲しみも和らぎ肩の荷も軽くなった気もするが、呼びかけても声・姿なき現実は何ら変わることはありません。 

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独り朝食を済ませ、正月三が日はテレビの前。元旦は「第63回全日本実業団駅伝2019」。1月2~3日は「関東大学箱根駅伝」とニューイヤー駅伝のテレビ観戦と決めていた。

しかし部屋に閉じ籠るは勿体ない好天気!暫く川・海を覗き、水鳥でも観察致しましょうや。始まったばかリの駅伝1区から2区への襷渡しを見終え待ち兼ねた如くに外に出る。

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何時もの散策路、和歌川河口・浄化水門より片男波迄歩くを目標に川面を覗きながらの行程です。今年は、何故か渡りの数は少ないがチョロっと鴨が浮いているを見る。

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陸に居る鴨十羽ばかり散在している。何枚かの撮った写真を拡大して見ると「オナガガモ」・「コガモ」・「カルガモ」等混在している。

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色合いは地味だが紳士然とした出立の「オナガガモ♂」堤防上から眺める私に警戒心怠りなく眼をそらさない。

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雲一つ見る事の無い青空。当地での初日の出は7時前だった筈。居合わせれば見事な眺めだったでしょう!。何時も通りに、早起きすればと思いながら起きる勇気毛頭無し!横着を決め込んだ結果が今になっての後悔とは!

それにしても鏡の様な空の青・川面の青は、滅多にお目に掛かれない素晴らしきもの・・・・・・・・

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元旦の静かな景色。県立医大病院の煙突から立ち昇る白い水蒸気が川面に写す。国道42号線に架かる旭橋のシルエットも波立つことを失う。遠くからドクターヘリの空気を裂く音すれぞ未だ機影は見えず。

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高いコンクリート防波堤の裾に延びる細い菜園。その一角で咲く、赤い「木瓜」の花鮮やかなり。

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近場の電線に集る「ムクドリ」、近付く足音で総てが飛び去る。

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よく見掛けます。この周辺を縄張りとしている「イソヒヨドリ」。民家の屋根、軒先から堤防上を行き交う。

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水深の浅い川底を這う様に「クロダイ」が一匹。「エイ」の姿も見えるも遠きにあり・・・・・

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玉津島神社は初詣客で賑わうを横目で見ながら片男波方向へと歩く。古人曰く!「喪中なる人神社の鳥居をくぐらず」・・・・・・・逆らわず従う事に!!

代わり映えしない景色なるも和歌の浦のシンボル。代わり映えしない感覚でカメラに納めての一コマ。

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想像するに・・・・・・・老仙人が物思いに更ける後ろ姿に似たり。だが、老仙人を見た訳でも無いが、見た!とすればこのような姿なりやと「アオサギ」の姿を見ての想い・・・・・・・

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鎮まり返る河口の水面。医大病院・名草山の全様を完璧に映し出す空と水の青。滅多と見る事の無い平成最後の元旦なり!

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平成最後!ならば新元号は如何なるか?ふと考えるお暇な行程!顔を上げれば遠くに新和歌浦の山並みと些か気になる女性のシルエット。近付いて見ると女性はスマホに熱中。

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反対に目を向ければパンツ裸の外人男性水際を歩く。寒くないのか?気にする以前に暖かさを慶ぶ・・・・・・・・・他人の心配よりも己の心配!そろそろ帰らなければ!余力有りや?早々にお終いとし帰宅の途に・・・・・・・・・

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やはり気になる。早速テレビのスイッチオン。7区間100Kmの4区目が終わろうとしている。昼食に、年末に戴いた餅を焼き、コーヒーで流し込む素早さ。

後は、歩き疲れも相まってテレビの前で居眠りと観戦を繰り返しながら時間経過。結果は旭化成の3連覇達成・・・・・・・あぁ~夕食は何にしようか???








               

気儘に歩く~ 12月の記憶  かなり頑張っています!!

 12月・日捲りも残すは僅か。慣れ親しんだ元号「平成」も半年を待たずして変わるという。明治(45年)・大正(15年)・昭和(64年)と激動の3元号を諸先輩・親父共は、よくも生き抜いた事よと思いながら・・・・・・・

自分も戦中戦後の激動の「昭和」。元号通り平穏な「平成」と新しい「○○」時代、併せて3元号を跨ぐとは考えもしなかった。新元号は5月1日よりという。公表される迄何か気になるところである。

気に成るは事は身近に多々あるも、最も些細な事で恐縮至極、いま最も気にするは近場の河口に降りて来る渡り鳥の状況。・・・・・・・私以外どうでも良いことでごめんなさいです!!

12月19日 10:00
水面に浮かぶ鴨は皆無。静かな事です。遠く護岩石の上で昼寝を貪る鴨とコサギが数羽。
マダマダ鴨の飛来全盛迄に至らずなり。

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眼下に動く物体!浅い水底を這う「エイ」が一匹、時折泥を巻き上げながら静かに泳ぎ去る。

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12月21日 18:30  平池緑地公園イルミネーション

ブログの友、セラ吉・翔女さんお誘いで、隣町・紀ノ川市貴志川町平池緑地公園で開催中のイルミネーションを見に行って来ました・・・・・・・・・

周囲約1,5Km、野鳥が沢山飛来してくる人工の灌漑池。数年前から12月~1月に地域の学校・団体・個人がLED電球約11万個を使い創意工夫のうえ作り上げたイルミネーション。規模は周辺随一との豪華さ・・・・・・・・行って見なければなりません。

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24日土曜日には花火も打ち上げられたという熱の入れよう。

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戦後の混乱から立ち直り、クリスマスツリーを当然の如く飾り祝う文化となっている。店頭に飾るクリスマスツリーの電飾に端を発したものが、今や発光ダイオード・ELD電飾が冬の風物詩となって豪華。激しさを増すばかり。

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よくよく調べて見ると我が国のイルミネーションの起源は1900年(明治34年)神戸沖の観艦式で夜間に照らした各艦の発光という。成る程~そう言う事か・・・・・現在と趣を異にする。

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12月25日 (月曜日)

目の保養!大阪市立美術館で来年1月14日まで開催されるルーヴル美術館展「ルーヴルの顔・古代から19世紀まで肖像芸術の傑作110点が大阪に!」を観賞する。

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電車に乗って出かけるは久方ぶり。工事中の和歌山市駅の変貌に驚き、難波駅前の混雑に驚き、まるで浦島太郎の境地。

同伴者の引率で百貨店の上層階、お薦めのハンバーグ定食で満腹感を抱きなが会場へと向かう。遙か前方に、地上300mアベノハルカスが聳える。

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美術館内、勝手に貰って良しのパンフの表。アントワーヌ=ジャン・グロ「アルコレ橋のポナパルト」油彩画。権威の頂点に登り詰めたナポレオン1世の雄姿という。自軍を振り返り士気を高め勝利を導く司令官の姿という(写真下)。

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本日の展示品のなかで一番印象深いは此の油彩(写真下)フランスの女流画家エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン作「エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人」の肖像画である。持ち帰ったチラシを読まなければ絶対覚えられない作家と人物名。

其れ是関係なく、若く天使の如く可愛い女性に魅せられ暫し立ち留まりて見入る。34歳で未亡人と言うから時代を超越して気になる男心かな・・・・・・興味捨て難し???

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彫像・肖像画に堪能!至福感一杯で会場を出る。通天閣界隈を短時間散策しての帰途。既に脚は悲鳴を上げている・・・・・・・・

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ピリケンさんが居座る店・大きなフグ提灯・がんこ親父が睨みを利かす店・店・飲食店が立ち並ぶ道筋奥に通天閣が聳える新世界。

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電車に揺られ、和歌山に着けば早や夕闇迫る冬至の暮れ。帰宅すれば夕食は何にする?否応なしの現実が待ち構えている・・・・・・・でも、昼食の定食が未だ空腹感を呼ばない!簡単に玉子うどんで済ませよう・・・・・・・独り者の気楽さと侘しさが同居する現実!

今年は是が最後かも?皆様良いお年をお迎えください。来年もよろしくお願い申し上げます。








気儘に歩く~ 12月の記憶 まだ来ない渡り鳥!

            2018、12、12   (水曜日)  晴れ時々時雨あり

一昨日から思いのほか寒くなった。和歌山でも初氷・初霜を観測したという。寒くなれば北風に乗って渡り鳥がやって来るでしょうに。11月から川向にある量販店への途中や郵便局・通院時の道中少し遠回りをして川面を覗き見に行くのです。何時かな?何時かな?心待ちするも未だ姿を見せない。

12月9日の正午過ぎ、久方ぶりに何時もの散歩道、和歌川浄化水門付近より和歌の浦まで所要約1時間を歩くことにした。この歩きは1年振りの事であろう!。期待するは鴨の姿を見る!冬鳥の到来を期待しての事である。

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残念!期待外れ?水面には漣が光を反射している。その水面を辿って見るも鴨らしき姿は何も無し。しかし、遠く堤の脇で潮干に頭を出す捨て石上にオナガガモ10羽足らず昼寝をしていた。鴨到来の兆しか!

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歩く事暫し、水面すれすれに飛ぶはカモメ数羽、鵜が一羽。カモメが飛来するは鴨も居るかも?。期待も程々に和歌の浦迄急ぎ足。干潟の様子は?残念!此処でも水鳥の姿一羽も見ること出来ず。目にするは常連の烏・鳶・磯鵯・雀の姿だけ・・・・・・・・

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曜日が代わり12月12日。先日よりも尚一層寒くなった。北日本では積雪という。ならば寒風に乗って鴨の到来有りき!。期待半分で何時もの堤防上に立つ。残念でした。鳥影皆無。先日僅かに存在していたオナガガモの姿も消えてしまった。

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ならば!民家の庭先を眺めながら冬場に咲く花など断りなし、盗み撮りしながら帰ることにいたします。

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不意に思いだす。一週間程前に戴いた甘柿。干し柿に成らないか?試し吊りをして置いた。早速試食!容積半減して見た目は不恰好だが甘味濃厚!水飴状の美味しい干し柿となっていた。

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12月16日(日曜日) 晴れ、午後からは雨との予想。
わが友80歳までに山の高低斟酌無しで、80ヵ所の頂に立つを目標とするという。残すは20ヶ所余りと宣う。われ幾山征したか数えて見るが幾ら大甘に見積もっても30ヵ所。

既に兜は脱ぎ彼と競う気は更々無いが、足腰の弱った私を憂い初歩から・足慣らしを兼ねて近場の山から歩きましうと優しきお誘い。先ずは和歌山市内及び周辺の小山から、なかでも和歌浦に絞っての事はじめ・・・・・・・・

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天気良好!9:50。和歌の浦アートキューブを出発地として先ずは妹背山より・・・・・・・
標高14m、 日本で10番目・県下一の低い山という。周辺に位置する他の小高い山々。鏡山・奠供山(てんぐやま)・雲蓋山・妙見山・船頭山を併せて玉津島山と称されたという。しかし、今も島の姿を留めるは妹背山のみ。

今年10月の台颱禍に依り、山に通じる県下一古い石橋(三断橋)が部分破壊され通行不可。立入禁止となっていた。山の姿をカメラに納めるのみ。
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10:04 鏡山・標高19、9mの頂から見る和歌川河口
当山は、安産の神・塩釜神社の背景となっている。周囲の山肌は薄墨色の香木「伽羅」の木理に似て「伽羅岩」と称される。
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10:16 玉津島神社 祭神:稚日女尊(わかひるめのみこと)・息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)・衣通姫尊(そとおりひめのみこと)
玉津島は、もともと大字津屋の地名であったが現在は神社名として称される。

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10:29 奠供山・標高38,1mの頂きより高津子山を眺める。
明治42年・和歌山市駅から和歌浦口→紀三井寺間に路面電車が開通。翌明治43年、奠供山に観光エレベーターが設置されたという。当時、和歌浦観光開発の目玉となった事でしょうに。山頂には、アンカーボルトが突き出た三つのコンクリート基礎はその痕跡でしょう。

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10:41 奠供山からの下山は登りの反対斜面を降りる。下りきった道の両脇に雲蓋山~奠供山を結ぶ架橋痕を見る。
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10:45 雲蓋山 標高38,1m 登頂叶わず。
雲蓋院境内(写真下)当寺は、天台宗延暦寺末 もとは東照宮の麓にあった大寺。明治維新後の改革で大相院に名存合併せられたという。檀家以外立入禁止の看板板が数多く立っていた。 

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11:17 妙見山登り口(写真下)標高36,1m。

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11:22 山上には「和歌浦 妙見山」と記された石碑、堂が建っている。その前より和歌浦湾を眺める(写真下)。織田信長紀州攻めに際し、鈴木孫一砦を構えて迎撃ったと!その痕跡は・・・・・・・・

山上に、意味深な青石造りの塀跡が存在する。はては城跡?よくよく見ればモルタル使用の近世代の造作なり。

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10月颱風の爪痕。直径20~30cmを有する赤松の幹をも裂く無残な光景を所々に見る。それを横目で眺めながら下山する。

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11:50 船頭山 標高17,6m 聖道山訛りて船頭山となった由。
建て込んだ民家のなかに突出ている小山にて、個人の私有地という。山裾周りはコンクリート擁壁で固められ登り口(写真下)は門扉で遮閉されていた。登頂叶わず。
現、明光通りに面した「真宗本願寺派・西正寺」は此の山上に在ったという(和歌山史要による)。

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12:03 権現山  標高65m 
船頭山の登頂を諦め民家の間を抜けると目の前が和歌公園・(高津子山への登り口)が見える。本日は高津子山への途中、権現山にて完歩とする。

やすみしし わが大王の 常宮と 仕え奉れる 雑賀野ゆ
      そがひに見ゆる沖つ島 清き渚に風吹けば 白波騒ぎ 潮干れば
            玉藻刈りつつ 神代より しかぞ貴き 玉津島山     山部 赤人

上記・万葉歌人「赤人」が詠んだ長歌は、この地で詠まれたと説く師もある。1,200年以上隔てたいま。灌木で見通しも悪くであるが、それ以上に、荒ぶる環境変化と歳月は往時を忍ぶ手掛りすら無しと言えよう・・・・・・・

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12:14 和歌公園より御手洗池へ
出発地に停めた車を出しに。それまで私は池を眺めて休息タイム。

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12:30 水面に鴨が居た!ホシハジロが10羽程、頻繁に水に潜りては浮き上がる・・・・・・

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歩く事2時間余り、頑張りました! その後、昼食をファミレスにて求め、お喋りする事暫し。リフレッシュも充分に。

夕刻より雨。自宅にて、冷え固まり痙攣するお見脚の心配!頼れるは己のみ。濃い塩水・漢方薬を準備して起こるべき事態に備える。昼間の賑わいに反し、独り身の侘しさが殊更の如く襲う!長い夜のしじま・・・・・・・・

気儘に歩く~  12月の記憶 蟹を食べに!!

 何やかんや多忙を極めながら過ぎ去る月日の速さに驚くばかりなり。今年も、残り師走一か月となってしもうた。

歳を重ねると心配事の種尽きず。身体の随所に軋みが生ずる。潤滑油の不足か、或は分泌ホルモンの欠乏か代謝の衰えなのか?色々サプリメントを服用するも効果は定かでなし。

最近の悩みは睡眠不足!熟睡できないのが困りもの。睡眠・栄養・運動不足が認知症の原因ともいう。

世間では、疲れると眠る!眠れないのは働きが悪いからやと「怠け者の代名詞」の様に言われる。その真意は歳を重ねると判るぞ!働きに関係無く眠りに入るは遅く浅く、昼間はやたらと眠くなる。

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老人は一日3時間眠れば充分と仰る医師・先生あり。不眠は認知症の要因と言いやる医師・先生、どちらを信じるか悩みは深い・・・・・・・

折も折!日帰りなるも「蟹でも食べに行こう!」と天の声耳に届く。何も考えずに従う事にいたします。

朝は早い。熟睡できないまでも早起きは可能。夜明け前の出発で福井県敦賀市へと向かう。行先・内容、交渉事は総て他人任せ。その上車に便乗するだけとは結構づくめ。

夜明け前の静寂を破り車は、ひたすら日本海へと向かう。渋滞も無く快適に走る!山裾に溢れるばかりの紅葉が眩しく光る琵琶湖西の道路。

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安芸の宮島を思わす湖面に浮かぶ鳥居。白髭神社の前を通過した。太陽にカメラを向けての逆光撮影。見事な夜景写真と相成るはご辛抱の程・・・・・・・・

思うに。家人の余命6カ月を宣告されたのが今年2月。その僅か4カ月前、一緒にこの地を訪れたその記憶が甦る・・・・・・・・

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車は、右に琵琶湖を眺めながら高島市安曇川町を通過中。澄み渡る青空にカラフルなアドバルーンが沢山浮かんでいる。すぐさまスマホで検索する若き同行者。

第42回熱気球琵琶湖横断(12月1日・2日)イベントとある。ただ風向・風力の塩梅で横断は中止。近江白浜近郷の田園地帯を自由飛行に変更されたという。

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路肩に車を停めて車外へ。大きな風船が浮かぶ青空。何んと優雅な事よと暫し見惚れる。始めての体験。

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敦賀市に到着。予約している食事処への入りには早過ぎる。海岸周りを見物する事に致しましょう・・・・・・・

先ずは日本三大松原のひとつ「気比の松原」松原も見事!海岸線も素晴らしい。大勢の釣人で賑わう白砂の浜。キス釣り、釣果はサッパリとぼやく殿方!道具を終い帰る準備を始めていた。

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珍しや、駐車場近くの松原。太い幹の赤松・黒松が混在するを見る。参考までに、日本三大松原と言えば「静岡県・三保の松原」「佐賀県・虹の松原」と敦賀湾最奥部に位置し、広さ約40万平米・長さ1、5Km。国指定名勝という現在地。

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赤レンガ倉庫、明治38年(1905)米国の石油会社スタンダード カンパニーが石油倉庫として建てられたもの国の登録無形文化財に指定されている。内部は、入場料要のジオラマ展示館とカフェ・レストラン・物販店があるようだ。

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食事処が存在する「手の浦・たのうら」の風景。海面に浮かぶ筏はフグの生簀という。和歌山にも「田ノ浦」と称する漁村が存在するが、当地は「手」を「た」と読ませるは手が込んでいる。

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バス停の看板。間違い無し「たのうら」とルビ打ちをしている。その図柄は人気アニメ銀河鉄道999の登場人物。メーテルではなかろうか???

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予約した食事処の民宿。既に準備万端。これより時間迄食事に専念致します。
蒸し蟹・焼き・鍋・刺身に・勢子蟹・魚介お刺身盛合・天ぷら等と盛りだくさん。〆に雑炊を食べて満腹!
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蒸し蟹に着けられた気になる小型の青いタグ。そこには島根県隠岐・松葉ガニと記されている。??この地は越前!Why?Why?

民宿の女将に遠慮がちに訊ねて見る・・・・・・・・はい~越前蟹と名が付けばブランド過ぎて値段的に採算が取れません!!姿は同じ松葉ガニ?味は然程に変わらないのにですと・・・・・・

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納得するしか無し。正直!実直!タグを外して置けば判らぬものを・・・・・・・兎に角、腹一杯!満腹!満腹!食べ残しはお持ち帰りも可能というが私は完食致しました。

帰路の途中、日本海側最大級の海鮮市場「日本海さかな街」・敦賀市若葉町に立ち寄る。蟹・かに・カニ・人・ひと・ヒト・・・・・・・大勢の人に恐れをなして早々に退散。

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夕闇迫るなか、ひたすら往路を折り返す。夕焼けを映す湖面は朝と趣を変えて・・・・・・走行距離約500Km・所要16時間。総費用約2万円/1人の「日帰り蟹を食べよう~」ドライブは無事これにて終了。

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久方振りの長距離ドライブ。ただ乗っているだけとは頗る楽ちん!明日に向けて気分転換!鋭気を戴くことが出来ました・・・・・・・・

でもでも昼の食べ過ぎ!今は何も欲しくはありません。風呂を沸かして早々に寝る事にいたします・・・・・・・はてさて熟睡できるかな?これが問題だ!

気儘に歩く~  間もなく師走!!

 11月も残り無しとなり、黄葉も散り急ぎ吹き溜まりに堆積する。家人に先立たれて100日余りが経過した。早いか遅いか等と考えている暇も無くである。口喧嘩をしながらも程々に協力・手助けをして来た家事全般なるも。いざ老男一人となって毎日切り盛りするは思いの他、大変な事と改めて認識させられる。

洗濯を一例にあげれば「洗濯するから下着を替えて!!」の声。自分の意志とは関係無く指図の儘に出された下着を交換していたものを、何と不自由な!交換時機を自分で考えなければ何時までもそのまんま・・・・・・・・・

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          (写真:11月中旬高層ホテルよりガラス窓越しに眺める和歌山城)

渋々、自分で取り出し着替えて洗濯機へ、竿干し・取り込み・畳んで所定の場所に仕舞い込む。昨年まで、雨が降りそう!気を利かせ取り込み積み上げ置く程度の作業だった筈。整理整頓する迄やり通さなければ、当然の事ながら同じ場所に積み上げたまま存在する不思議な事態。

愚痴を並べても物事の解決に至らずは、重々承知するも独り身の寂しさ、味気なさを紛らわすは愚痴るしか方策は無し?・・・・・・・・是ではいけない!心機一転ブログ更新を再開するも、やはり愚痴しか出て来ないとは笑うほか無し。

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でも、でも炊事洗濯・掃除・買い出しと懸命に頑張るご老体を褒めて頂きたしである。そう!そう!先日の事。炊飯器に仕掛けるを忘れて餓死寸前。臨機応変!短時間で冷凍シーフードを駆使してのパスタを食卓に、一人悦に入り満腹・満足!


11月27日火曜日、近くの郵便局へと急ぐ。東京2020オリンピック競技大会記念貨幣(100円硬貨)の交換日である。

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デザインの競技種目は、オリンピックはフェンシング(写真上・左硬貨)・パラリンピックはポッチャ(写真上・右硬貨)。第一次クラッド貨幣各々3948,000枚の発行という。

クラッド貨幣・ポッチャとは??聞き慣れない言葉である。便利な世の中、Webページを繰って調べて見よう・・・・・・・

クラッド貨幣とは
単一材料では得ることの出来ない複合特性を持たせた高機能性金属材料。異なる種類の金属をサンドウィッチ状に重ね合わせるクラッド技術を用いたもの。(clad:被覆する)

ポッチャとは
ヨーロッパで生まれた重度脳障害性麻痺者・同程度の四肢重度機能障害者のために考案された競技で車椅子を使用している事が条件。目標球に向かって投げたり転がしたした球が、目標に近付けられたかを競うゲームという。

交換を終えての帰途。私が冬場になると渡り鳥を観測する所。河川敷堤防へと登って見る。未だ鳥影一羽も無し。

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もう間もなく師走。日暮れは頗る早くなる。だがヒヨドリの鳴き声等まだ聞くことも無し・・・・・・暖かい事が原因なのかな???

帰り道の出来事。毎年・々々四季桜が花開く民家の庭先。今年は枯れ木となって花は無し。栄枯盛衰、生きとし生きるもの総て一度は地に還るものなりと・・・・・・存在していると信じていた反動は一層の寂しさと化して身に迫って来る!


気儘に歩く~ 永のご無沙汰!記憶の頓挫!!

                             
 随分に無沙汰を致しました。月日の過ぎ去るは凄まじく、更新が途絶えて早くも一年が経過しようとする。面倒なり、続けるべきか否か!悩みは深い!。認知症予防・頭の体操等とゴンタク並べて、たかが知れた知恵を絞って続けていたもののお粗末さを晒すばかりなり。

恥気無くである。何時しか目的も薄れ、更新を続けているだけに専念していたのではと反省も致します・・・・・・・・

休止、立ち止まりの機会となったのは家人の病である。続けるは良き事の思い捨て難しの狭間で、此処は家人の介護に専念すべきと決断をしてのご無沙汰でした。

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色々ありました。よく頑張ったものよ!傘寿を迎えて一年。一方家人は、傘寿を迎える四日前の8月、黄泉の国へと旅立った。元気ならば二人揃って、お初に地元「敬老の日」の祝品を受け取る筈だった。

今更の想いで昔を顧みれば・・・・・・・・
笑窪の可愛い女性が我が家を訪れた事が始まりである。母親の話を盗み聞き「従弟の嫁に紹介しよう」という。

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美女とは言えないが可愛い!「お先に戴いちゃえ」と彼女の宅へ。若気の勢いなるも清く・正しく・美しく4~5年の交際を経てゴールインして50有余年。「私より先に死ぬな」との約束も反故にしての結末である。

彼女の晩年は病との戦い。3回の手術を経て4回目の再発。意志は緩和ケアを選択し家族も同意したのだが、終末は辛し。気持ちは頑張っても体力は限界に・・・・・・・

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最期は、病院よりも自宅が好い!切なる願い聞き入れて、訪問診療・看護で永い眠りを迎えましたが苦しくも有り!苦しくも有り。

世間並をより簡素化しての儀式も終えて一段落。時間の経過は頗る早し。毎日・毎日彼女が集め、貯め込んだ遺品の整理も程々に。

少し外を歩いて見ようか・・・・・・・
街を外れると周辺は秋色に染め黄金色の田圃が広がる。今年は、未だ墓参りはしていなかった。俄かに、思い出したは吉日。花束を買って墓前に、家人は、私を残して一足早く皆様のもとに行ってしまった!愚痴を雑じえての報告。そして何処に居るのか等と考えながらの気持ちは寂しい!!

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その帰途、少し遠回りをして隣町、平池緑地公園へと向かう。おぉ~まだ居ました。何処から来たのか?あの黒鳥が。何だか一回り小さくなった様だが人を恐れず!他の鴨達と一緒に、陸に上がって雑草を食んでいる。

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奇しくも昨年11月末、珍鳥「黒鳥」でブログ更新中断。そして「黒鳥」で更新再開とは不思議な縁。

それはそれとして。僅か一年足らずの間に、己の足腰の衰退余り有り・・・・・・・
常に他人様の足で歩んでいる感覚が辛くて怖いのだ!鍛え直さねば、山歩きは論外、町中ウォーキングすら出来ないのでは?困った事だ!!

今迄、平池一周散策は平気の平気!しかし今は出来ない!それから早や一か月は経過した。11月に入り私の散策路。渡り鳥が飛来して来る和歌川を覗いて見よう。

未だ鳥影は見えず。シャッターに触れることも無くカメラを肩に帰路に急ぐ・・・・・・・
本日は、これ位で好かろうか・・・・・・・気張れ!チエスト!!




気儘に歩く~ 11月の記憶   珍客「黒鳥」が舞い降りた!!

2017.11.25  (土曜日) 6:30~   晴れ

昨日、11月24日の読売新聞朝刊・和歌山地方版に、隣町・紀ノ川市貴志川町平池緑地公園に「珍客・黒鳥が舞い降りる・・・・・・・」とある。

当日は、予定満載。明朝行って見よう!!準備は怠りなくですが、些か寝坊が過ぎての行動となる。だが今も、黒鳥は存在するのか否か、これが問題だ!募る不安を抱えながら半時間を要して目的地に到着。
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焦る!焦る気持ちを抑えて、なお存在を信じて、時計周りに池を歩いて見る。出会うはヒドリガモ・マガモのみ。ならばUターンをして反対方向へ。
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早朝の散策・ジョギングする方々が多い事。その面々の立ち止まる方向へと急ぐ。居ました!周りの水鳥よりも一際大きい黒い胴体・・・・・・まさしく黒鳥だ!!
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水辺近くに降りた男性から手移しに餌を貰っている。随分馴れ馴れしい振る舞いに、珍客には異論がないが、随分と飼育された経験を有する鳥と推察いたします。汝!野鳥なの?
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昨日、掲載写真に見る男性にお逢いしました。今日もカメラを持参しての事。その彼と親しくお話しを聞くことが出来ました・・・・・・・・今月17日だったか、第一発見者は、早朝の園内でラジオ体操をする方々という。
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発見された当初から人様を怖がらず、逆にカメラを向けるとレンズを啄く位だったとの事。今も接近しても逃げず!慌てず!水辺近くに降り、手を差し出すと近寄っても来ます。

時には、長い首を精一杯延ばしクイ~ィ~~と鳴き声を上げるは、何か訴えようとする仕草に見えますね・・・・・・・・
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黒鳥 カモ目・カモ科・ハクチョウ属 黒鳥と言っても、大きな翼の初列・2列風切羽は白色という。羽繕いの合間に、翼を上げると、僅かに白い羽根が見えます。特徴的なのは、成鳥の嘴は、赤く先端に白い帯状斑紋が鮮明に見える所かな。
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人様が近付いても驚かず・・・・・・・随分馴れ馴れしい様子から、貴方は何処から来たのでしょう?それが一番気になるところです。

近場の水禽舎から飛び出して来ましたか?。公園の池や濠に放し飼いにされている水鳥達は、飛び去らない様に風切羽をカットされているという。でも、まれに飛び去ることもあるという。その、まれかな??
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何時まで滞在するのか?こればかしは、ご本人任せ!ゆっくり滞在願います。願わくば、邪魔をしないで遠巻きに眺めていましょう。
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話を変えて、数年前の事。当池に「コハクチョウ」が舞い降りた折。心無い写真家が飛び上る様子をカメラに納めようと投石したという。以来戻って来なくなりましたと・・・・・・・・この様な悲しいお話しに、ならない事を祈るのみ!!
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時間が有れば、園内を歩いて見て下さい。ヒドリガモ・カモ目・カモ科が群れを成し陸に上がり草を食んでいます。日本では、マガモ・カルガモ同様、最も親しみのあるカモ類と言えるでしょう。
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湖沼・池・河川・干潟などで群れを為して生息する。水生植物・海草など主に食し、昼間水面で休眠し、夕刻から夜間に活動しているという。だがしかし、此処では、昼前でも活動していますね。
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マガモ カモ目・カモ科 湖沼・池・河川等に群れを為し生息する。
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そこのけ!そこのけマガモ様のお通りだ!!通り掛かったお犬様も怯んで立ち止まる・・・・・・
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マガモ雄の首周りは、青緑に輝く艶毛が特徴的。
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オオバン ツル目 クイナ科 北海道では夏鳥、北海道・本州・九州で繁殖し、冬季は本州以南で越冬する。水生植物を主体とした雑食性。平池では陸に上がり雑草の中から種子や昆虫類を探している様子・・・・・・・・
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翼を広げた後ろ姿を初めてお目に掛かります。おやおや!黒鳥同様、風切羽が、僅かに白い様に見えます・・・・・・・・
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今回、この場に登場願った鳥たちの頭部をクローズアップして見ました。黒い羽根・嘴に続く額板の白さでオオバンである事間違いなし。先日、琵琶湖の水面に数多く浮かぶ姿を見る事が出来ました。また11月初めに和歌川に舞い降りたオオバン、二日後には居なくなりました。
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チュウサギ・ダイサギの区分は私には出来ません。遠方過ぎて鮮明に写らずです。枯れ木も山の賑わいなり。詮索せずに通り過ぎましょう・・・・・・・・
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アオサギ・ペリカン目 サギ科 本州・四国では、湖沼・湿原・干潟水田などで周年生息する。
魚類・両生類・昆虫など捕食するという。
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綺麗な面構え!お洒落な出で立ちを特とご覧あれ!・・・・・・・・・
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近年、平池では年末・年始に恒例となった平池イルミネーションフェスタが開催されます。その準備作業が随所で進行しています。
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程々に、水面に浮かぶ水鳥達。なかには陸に上がる群れも有り、人が近付くと一目散に遠ざかる群れ、人影を見れば餌を求めて近付く群れ、鴨も様々なり。
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11月も終わり、師走が目前。近場の川・紀ノ川へも観察に出掛けたし。なお黒鳥も気になるし。その上、師走の掃除予定もギッシリ書きこまれたカレンダーも気になるし・・・・・・・やはり渡り鳥が最高に気掛かりな・・・・・・・・

気儘に歩く~ 11月の記憶  鶏足寺・永源寺の紅葉!!

2017.11.22  (水曜日)  8:50~21:40  曇り・夜雨

 日帰り、バスツアー「ぐるっと琵琶湖一周!紅葉の名所めぐり~鶏足寺・永源寺・メタセコイヤの並木・琵琶湖パークウエイ~」紅葉を楽しみに!いや介添え役で行ってきました・・・・・
(家人がときめいたチラシは末尾に貼付致します。)

先月の、伊根船宿めぐりは私の誘い!依って参加費用は私が、今回は家人の誘い!当然家人の出費なり。それ当然なり。脚の強くない家人の事。階段・坂道はアシストが必要。歩き始めると、何処へ行っても最後尾。且つ行楽シーズンは、トイレの混雑想像以上。それらを加味してバスに戻る時間を考え、急き立てる役目は思いのほか疲れる仕事です!!。
写真下:鶏足寺にて
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JR和歌山駅東口  8:50出発  和歌山IC=<阪和・近畿・名神>京都東ICを降りる。
10;59~11:25  最初の目的地、八つ橋店舗(大津市)でお買い物・トイレ休憩、店舗内の混雑は大変です。人混みを逃れて2FLへ「おたべ」製造工程をガラス越しに見学する。
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12:40~13:00  黄色く、色付き始めたメタセコイヤの並木道。マキノ ピックランドにて昼食弁当(若狭名物・やき鯖すし)積み込みとトイレ休憩。その僅かな時間で激写!激写!
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メタセコイヤ・別名アケボノスギ・ヒノキ科 
マキノ高原・メタセコイヤ並木「新・日本街路樹百景」1994年11月選定。
関西随一の規模という。町道沢牧野線と県道小荒路牧野線に延長2.4Km、500本が植樹されている。その眺めは、お見事!。
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13;35 走る車内、配られた昼食、焼き鯖寿司を食べながら奥琵琶湖パークウエイの紅葉・琵琶湖景を飛び去る速さで車窓より眺める・・・・・・・・

14:25~15:40 「鶏足寺・旧飯福寺(はんぷくじ)・ 滋賀県長浜市木之本町」
鶏足寺は、真言宗豊山派の寺院。735年僧行基に依って開基された古寺。一時期、山岳仏教の聖地として、時の権力者の庇護を受けながら隆盛を誇った己高山鶏足寺の別院のひとつ。時代と共に衰退し現在は廃寺となっている。
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近年、紅葉の人気スポット!観光バスが続く!続く!。2Kmに足りない狭い道を人・人・人。集落・己高閣・世代閣の傍を抜けると細い畠道。追い抜け・追い越しも儘ならぬ人の列。
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これ晴天であれば紅葉が映える事よと嘆きながら雨よりもましか・・・・・・・
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落葉保存区域・・・・・・・紅葉の絨毯・立ち入り禁止とある。自然の為せる様か人手に依るものか疑いたくもなる景観に思う。
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人の多さと紅葉に満喫して・・・・・・・残す時間に余裕は無し、急ぎバス待つ場所へと人を掻き分け・掻き分け急ぐ!急ぐ!
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往路は、ひたすら鶏足寺に向かって急ぐのみ、帰路は少しだけの余裕!脇を通り抜けた儘の世代閣・己高閣参道の紅葉をカメラに納めて満足!
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青空であれば・・・・・・・尚シブトク嘆くは!諦めの悪い!
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普段静かな山里も、年に一度の賑わいに、さぞや紅葉樹も呆れ驚いている事でしょうに。
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16:25~17:30 岐阜県・関ケ原 「花伊吹」 少し早めの夕食。松茸ご飯食べ放題と牛すき焼き鍋・近江牛寿司・・・・・・・松茸の香味に満足出来たかな??
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18:20~19:20 ライトアップの「臨済宗 大本山 永源寺」 滋賀県東近江市
秋は、夜の戸張が下がるは早く辺りは暗闇。今日、最後の目的地は200段程の階段を有するという。家人は思案六法!行くべきか!止めるべきか!意を決しての決行となる。山門への到着は、またも最後尾なるも結果は良し!。
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瑞石山 永源寺は、室町時代康安元年(1361)、近江領守佐々木氏頼が寂室元光禅師の高徳を慕い、当地に伽藍を創建し、禅師を迎えて開山する。
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当時は、2,000人余りの修行僧が集まり隆盛を誇るも、戦国時代、度重ねる戦火により総てが消失。
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江戸初期、寛永8年(1631)再建に掛かり、寛永20年(1643)時の天皇や彦根藩井伊家の帰依を得て伽藍が再建され法灯が再び輝いたという。
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ライトアップされた黄・紅葉に満喫。写真の出来栄えは?なかなか思う様にはなりません。自己責任・自画自賛するしかありません。
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時計を見ると最早余裕はありません。急ぎ境内を半周・・・・・・・戻ることにいたしましょう。
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暗い参道、石段を事無く登り詰める事が出来ました。頑張った家人を褒めながらアシストする吾身の頼りなさを痛感する。薄闇の行動の難しさを思い知る羽目になりました(苦笑)。
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十六羅漢像 参道120段の石段を登り詰めると左の岩山に奉安されている・・・・・・往路は、足元の暗い石段。下を見ながら登るに性一杯。その存在すら気付かずなり。
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集合時間5分前。余裕充分と思いきや。何んと私たちを残して全員お揃いが済んでいる。皆様充分紅葉見物出来たのかなの思いなるも?私夫婦を待ち兼ねた様にバスは動き出す・・・・・・・

夜の高速道路、途中から降り出した雨は帰着までも続いている。紅葉散策時でなくって良かった!
19:30  八日市IC=<名神・京滋バイパス・第二京阪・近畿・阪和>=和歌山IC 
21:40  JR和歌山駅東口着・解散。はい~お疲れ様・・・・・・

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気儘に歩く~ 11月の記憶 芦生の森を歩く(京都府)

2017.11.16 (木曜日)  晴れ  5:00~22:00

 長寿社会を目指して、55歳以上の和歌山県民が誰でも入会できる「いきいきシニアわかやま」が主催する平成29年11月イベント「芦生の森ネイチャーガイド トレッキング」に参加しました。

出発時間  11月16日 JR和歌山駅東口   7:00
帰着予定    同                 20:00  (中紀観光バス1台 満席)
参加費    14,700円/人 (自然文化村マイクロバス送迎・ネイチャーガイド・弁当付)

昨年6月1日 「芦生(あしう)の森 下谷・ブナの木峠コース」を歩き、トチノキ・ミズナラ。カツラ・ブナノキ等の巨木を眺め人工樹林と趣を異にする豊かな自然林の偉大さに胸熱くしたものです。強靭な生命力・自然の育みに感激し、機会があれば同行の友と再来を約束したのです。

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今年10月中旬、待ってました!「芦生の森・トロッコ道ウォーク」の案内が届く。下調べのもと、コースは平坦な道筋、老化が進む吾輩でも完歩可能であろうと予測しての参加申し込みを済ませる。

芦生の森ネイチャー ガイド トレッキングには、上述した「下谷・ブナの木峠コース」・「トロッコ道コース」・「上谷・杉尾峠コース」他、合わせて五のコースがあるという。

申し込みを済ませた後に、コース変更を聞く。計画のトロッコ道コースは、先月の台風禍にて通行不可。杉尾峠コースに変更されたという。

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う~ぁ困った!簡易なコースを予測していたが、数多い沢渡り、急な登り・下りのコースと言うではないか?。行くべきか?止めるべきか・・・・・・・

何しろ行って見なければ分からない!山歩きに自信消失の輩を大丈夫なりと励ましの言葉で参加となる。 写真下:車窓から見る「茅葺民家の里 美山」

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能書きは程々にして、JR和歌山駅東口を定刻に出発。阪和道・第2京阪・京都縦貫道経由、京都府 南丹市 美山町中 美山町自然文化村 河鹿荘に10:20 到着。写真下:長治谷作業所前広場。

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マイクロバス2台に乗り換え、所要約1時間で標高640m長治谷作業所前広場に到着。広場にてウォーク開始の12:30迄に、提供された2段弁当を喰らい込み、出立つ準備を整える。

12:39 出立早々に、メタセコイヤの黄葉を眺め落葉積もる道を進めば、ここ上谷・三国峠分岐点に着く。三国峠への道は、先月の台風・大雨時に流失したという。
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12:51 積み重なる落葉がクッションの大役を担い、足裏の感触堪らなくやんわりと!!
memo 芦生の森・京都大学芦生研究林  面積4,185.74ha 標高959m(三国岳)
京都府の北東部、由良川の源流に位置する。福井県・滋賀県に接し、地質は古世代・中生代、海底に堆積したもので珪酸を多く含むチャートや粘板岩・砂岩。土壌の多くは褐色森林土である。・・・・・・小冊子より
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13:15 本日のコース、大小併せて15か所程の沢渡りがあるという。その最初の渡りです。
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10月末の台風。大雨の被害甚大なり!巨木が倒れ、沢の法面が随所で崩落している。その爪痕を眺めながら・・・・・・・
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杉の根元近く、樹皮が大きく剥がされている「クマハギ」と称し熊の仕業。本当の理由は不詳という。樹液を舐めるのではと・・・・・・・・
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13:29 アシウスギ 雪の多い日本海側で見られる伏条性の杉。枝が垂れ下がり地に着くと新しい株が生育するという。
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13:42 出発時点では、道中必ず雨と予測されたが予想に反し太陽光線が黄葉樹の合間より降り注ぐ幸運!!雨合羽下(ズボン)を着用して出発したがズボン下に汗が滲む・・・・・・
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13:48 細い急斜面の道、親切ガイドさんの手助けを借りながらの歩行が続く。
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14:06 トチノキ 木肌を摩り、その感触を味わう。歩きながらの事。落ち葉に埋もれる栃の実・オニグルミ・ドングリの実を拾い上げてのガイドも興味深く面白し・・・・・・
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14:26 沢の垂直土崖に作られたカワセミの巣穴。穴奥は50~90cm程あり、繁殖期には最奥部で3~4個の抱卵をするという。
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14:28 ホウバ・トチノキ・オニグルミ・3枚の葉が対になって落ちるタカノツメやメーブル シロップが採れるというイタヤカエデ等々黄色い落ち葉を踏みしめながら、もう幾つ目の沢渡りかな?
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14:33 杉の巨木。ガイドさんの身長と見比べて下さい・・・・・・・ 
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14:48 周囲は秋色!見渡す限り黄色・橙色に染まる。僅かに緑色を呈する斜面には、鹿の食害から免れたシダやオオイワカガミの群生を見る・・・・・・・・
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14:49 トチノキに見る熊の越冬穴。その昔、熊(ニホンツキノワグマ)がこの洞で冬籠リしたという・・・・・・芦生の森・推定生息数30頭以上。
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はい~洞の前で、山女・山男の記念写真!!
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6月期は、多くの草木花を愛でながら。秋は黄葉とキノコ多種を眺めながらのウォークです。
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15:14 由良川の源流・最初の一滴がこの先にあるという・・・・・・・先のグループが通過するを待って レッ ゴー!!
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落葉を踏みしめながら右に左に、歩きながら眺めた沢の流れ由良川の源流。イモリが水底を這い、アブラハヤが泳ぐ綺麗な流れの源・最初の一滴が此処だった!!
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15:27 ブナの林を抜けると杉尾峠・海抜762m。 歩行距離約4Km・所要約3時間、標高差125m。何んとか目的地に無事到着。心配した雨にも合わずラッキーこの上なし・・・・・・・
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15:31 此処から下り路への暫しの間、樹々の隙間より日本海を眺める・・・・・・
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15:41 この急坂を下るとマイクロバスが待つている。歩きは是にて終わりか!マダマダ余裕の裕さん・・・・・・・・その気持ちとは裏腹に、ヨタヨタしながらバス待つ林道に到着する。差し入れの美山牛乳は頗る美味し。一息ついての乗車となる。
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16:00 マイクロバスは、落ちる夕日を眺めながら所要約1時間・河鹿荘に向かって直走る。
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16:20を過ぎると夕闇迫り、車窓の景色も朧。河鹿荘に到着時には既に暗闇となっていた。帰路の準備も整い17:30河鹿荘出発。往路と同じ道を和歌山へ。車内は静か!

20:10 ほぼ定刻通りJR和歌山駅東口に到着・解散。皆様お疲れ様!!お世話下さいました皆様方お疲れ様。有難うございます。

来年秋、通行不可のトロッコ道コースも修復が済んでいる。是非ご参加を!引率者からのお知らせを耳にして果て!差て!来年は??・・・・・・・鬼が笑う前に私の膝が笑っている。




気儘に歩く~  11月の記憶  オオバンがやって来た!!

2017.11. 5  日曜日  晴れ  9:00~

 11月5日は「世界津波の日」。国際連合が制定し早や二年目を迎える。東南海地震の発生確率は非常に高く、当地を襲う津波の高さは8m前後と予測されている。私の在所は、海抜2m前後。南西部に紀伊水道・和歌浦湾に近い地域である。

私達、自治会も毎年、津波に備える気持ちを新たにして避難訓練を行っています。ただし、訓練と言っても特別な事をする訳でも無く。出発の合図で裏山まで随時歩き、山の中腹にて解散するのが通例である。
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ご近所の方々と、お喋りをしながら天候も良し、折角歩いて来たのだからと山頂まで歩くことに致します。紅葉し始めた木々、光を透かし見れば綺麗な事!何か儲けた気分で帰宅する。
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帰宅すれば、待ってましたと近場の量販店へのアッシー君。私は、他に大きな目的有り、喜んでお供致しまする。

事の序とは・・・・・・・・道筋の和歌川河口・浄化水門近辺を車窓より鳥観察に有り。う~お!居る!居る!水鳥の群れ!!
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車は駐車場に、買い物は家人に任せて、車に積み置きのデジカメを肩に、暫し水鳥観察を優先する。30~40羽の鴨の群れ。ホシハジロが大半。オナガガモが数匹。なかでも珍しや!ブイに上り羽繕いするオオバンが3羽、水面に浮かぶ2羽をも見る。
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真下の岸辺に2羽のオオバンが泳ぎ近付く。オオバンの背を直下で見るは初めての出来事なり。お世辞にも綺麗とは言えないが、黒灰色の羽毛に眉間の白さが印象的。今迄に、紀ノ川や、隣町の平池緑地公園・遠くに琵琶湖等で沢山見る事機会を得ましたが・・・・・・・・
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何故?どうして此処に「クイナ科 オオバン」が? 月末の台風による迷いなのか?木枯らしを避けての一時避難なのか?この水域・周辺にオオバンの餌となる水生植物などは存在しない筈だが。
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「オオバン」鳥自体は珍鳥では有りません。でも、この和歌川・汽水域で見るから珍しいのです。気になれば見過ごす事は出来ません。昼食後、再度川面を覗きに出掛けましょう。
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午後から逆光を考慮して、午前中と反対の川岸より観察です。午前と変わらぬ水鳥の数。あれは?よ~く見ると毛色の変わった?いや羽根色の変な・・・・・・・・初めて見る姿の鳥。
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羽根色は、オオバンに程遠し。しかし立ち姿は何処かオオバンに似ている?不思議な存在感。それに脚の形状はオオバンの様だ!
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今迄に見た事の無い水鳥。懸命に羽根繕いをしている。オオバンの特徴、眉間の白い額板は存在しない?でも姿形はオオバンに酷似。でも羽根色が気になる?・・・・・・・

Web・図鑑にて調べるも確証は取れない・・・・・・・・でも!でも!もしや羽毛の生え変わる成鳥前の若鳥でしょうか・・・・・・・ご存知のお方にお願い。お教え下さいお待ちしています!!。


2017.11.9   晴れ   10:30~

和歌の浦・妹背山近くに鴨の群れ有りとブログに御訪問の「セラ吉翁」からの情報有り。情報を戴いてより5日が経過している。滞在しているかな?半信半疑で出掛けることに・・・・・・・

風に流されながら、岸辺遠くに鴨の群れを見る。40羽ばかしの群れ。ズームを精一杯延ばして「マガモ」の群れと判定する。
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今年は例年より鴨の渡来が早く、数も多いのかな?。昨年和歌の浦・河口で見るマガモは精々10羽程と記憶しているが・・・・・・・・・
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今年は、気温の上下が激しく寒くなったり・なったりと体調管理が難しい今日この頃。記録を辿れば、昨年より10日早く鴨の渡来を確認しました。木枯らしも1日早く吹いたという。それに伴い鴨の南下も早いのでしょうか・・・・・・・

11日午前の事。オオバンのその後が気になりチョコっと歩いて見る。遠くにマガモが20羽、和歌川浄化水門の南側近くにホシハジロが20羽程とオナガガモが2羽を確認する。目的のオオバンは何処に・・・・・・・・

写真下:杭上に3羽の鵜・前方の岸辺近くにカルガモが3羽舞い降りる。手前の水面にオオバンが一羽・・・・・・・見えるかな?
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居ました!でも一羽だけ。それに居場所を和歌川浄化水門の南側から北側に移動し川面に浮かんでいる。一羽となった今。何時まで滞在するのかな?そう長くは続かないだろう等と考えながら帰宅の途に・・・・・・・