気儘に歩く~ 7月の記憶  平安時代にタイムワープ!

2017. 7.22  (土曜日)  晴れ

 毎日が蒸し暑い!異常な暑さに、吾身は「青菜に塩」の状態である。何もしたくない!日々開店休業、息をするだけで精一杯の有様に、是では駄目と自戒はするが、改めることなしが続いている。

そんななか、近畿地方の梅雨明けは19日(水曜日)に報じられた。夏だから暑いのは致し方なしである。でも、でも!蒸し・蒸し感だけでも緩めば嬉しいのだ・・・・・・・

遡る事何時だったかは記憶・記録に無しだが、太鼓一打ちドンと響く・・・・・・「ドン乗り」を自認する吾輩、たちまち浮足立ち、当然予測できた筈の真夏日の到来も蚊帳の外。誘いに乗ってしまっての顛末記である。

「ドン乗り」それは常連から那智「大門坂」ウォークへのお誘いである。巨樹の杉並木に苔生した石畳敷の石段。一度は、歩いて見たいと機会を探っていた熊野古道です。あと先を顧みずチャンスは逃さず!挑戦あるのみ。(写真下 大門坂にて平安時代へタイムワープ)
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天候は晴れ、早朝より暑し、仲間は5人。夏季JR青春切符・青春カンバック ツ ミー。その意気込みは盛んなり? 和歌山市発 6:05 → 那智駅10:12着 (写真下那智駅)。
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駅前から歩き始めて僅か5分。熊野三所大神社に到着。鳥居横には大樟が茂る。「熊野古道・濱の宮王子跡」表示板を読んでみる。
ここ白砂「浜の宮・(補陀落浜)」は観音浄土に渡海する場所であった。平安後期の公家、藤原 宗忠(1062~1141)の日記「中右記」には、白砂の補陀落浜から王子に参拝した宗忠は、南の海に向かう地形が大変素晴らしいと記している。

「平家物語」には、平維盛が此処から入水したと記されている様に補陀落浄土に渡海する場所であった・・・・・・・・

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熊野三所大神社(国指定重要文化財)と境内を一つにして隣に補陀落山寺(写真左)が並ぶ。
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補陀落渡海とは・・・・・・・
生きながら南海の観音浄土を目指して行われた捨て身の修行。平安時代から江戸時代まで20数回にわたり那智の海岸から当寺の僧達が渡海したという。

平成5年に復元された渡海舟(写真下)。入母屋造りの帆舟。四方に発心門・修行門・菩提門・涅槃門の殯鳥居(もがりとりい)が設けられている。
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10:41 早くも稲穂が垂れる
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10:47 暑い!でも足元は軽やか!!
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10:52 川渕の雑草の茂み、ヤブガラシに飛来するアゲハチョウ
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10:54 ツマグロヒョウモンもお出迎え。まだまだ元気!元気!余裕はタップリ。でも元気は平道だけだった様だ・・・・・・・・
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11:12 少し迷い道を楽しみながら是より正規の熊野古道へ、木立のなかの登り道。所々木道が続く。滑る足元に気遣い、仲間に励まされながら只管歩く・・・・・・・・木立の間道なるも風がない!あぁ~冷気が欲しい!・・・・・・・吐く息ますます荒らし!暑い!ギブアップ寸前。
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11:39 休み休みで僅か20分少々の道程。私には、補陀落への道ならぬ地獄への道。日頃の怠け癖が蒔いた種・・・・・・・・死ぬる思いでヤットコサ「尼将軍供養塔」前に辿り着く。
荷坂峠の尼将軍供養塔・・・・・・・
町内井関・荷坂峠、通称岡山の旧参道の傍らにある。塔の形は宝篋印塔で石材は硬砂岩である。高さ1.46m上部はやや欠けている。建保6年(1218)建立。

青岸渡寺の古文書に「尼将軍石宝塔」と記録されており、よく似た石宝塔は佐野・浜の宮・荷坂・那智山の四カ所に建立されている。地元の人々は、荷坂の供養塔を「尼将軍様」と呼び親しまれているという。頼朝夫妻は、熊野信仰が厚く那智山の社寺の建立もしている。

尼将軍・北条政子(1157~1225)源 頼朝の正室。何故この地に供養塔が?不思議に思うが、その結びつきは那智山にありきか・・・・・・・
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11:53 尼将軍供養塔を過ぎると「ふだらく霊園」内に入る。墓地の中程に柿の木(写真下)幹に痛々しき腐食の跡を残して、なお見事な葉を付けている。
幹の周囲 2.90m、伊勢平柿という甘柿の種類。源頼朝(1147~1199)の死後に植えられたと伝えられている古木である。町指定天然記念物
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霊園を通り抜け急勾配の道を下ると、至る市野々王子社跡・大門坂への道に差し掛かる。そこに一台の軽トラが、運転するは先程霊園内でお声掛け下さった霊園管理の男性人。

時間を置かず仲間が声掛け!大門坂方向に向かうなら一人乗せてくれませんか?OK・OKのご返事に、女性を差し置き、何の躊躇いも無く助手席に鎮座する私であった。

歩いて30分程の道程。市野々王子社跡を車窓から眺め、2011年9月の紀南地方を襲った大水害の爪痕を眺めながら大門坂前迄乗せて戴く。

12:41 タップリと休憩。仲間の到着電話を待って待望の大門坂へ!
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12:45 南方熊楠が3年間、那智原生林の菌類・藻類等を採取・研究のため常宿とした旧大坂屋旅館。
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12:45 俗界と聖地を分ける「振ヶ瀬橋」。この橋を渡れば聖地への第一歩となる。
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12:47 案内所兼休憩所「大門茶屋」前。此処で平安衣装をレンタルしての記念撮影や散策が楽しめるという。
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12:48 大門坂入口に聳える老樹「夫婦杉」。幹周り8.5m・樹高55m余り、樹齢約800年程と推定される・・・・・・・・
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周りが俄かに賑やかとなる。見れば平安装束に身を包む眉目麗しき乙女の登場であった。
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写真撮影・ブログ掲載について快諾戴き、見境なくシャッターを押す!押す!冷静にカメラの設定等々考え変更する暇も無かったのかが残念!お恥ずかしい。

振り返れば年甲斐もなく有頂天!単なる慌てふためきの結果なり・・・・・・・見事手振れの写真ばかりとは、御免なさいと謝るしかありません。
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容姿・笑顔も最高!可愛い平安美女ともお別れ、後ろ髪引かれる思いで石段を登り始める。今迄の元気は何処に!ストックを突く手に力が入る。またまた熱中症寸前の症状が襲ってくるではないか・・・・・・・・
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12:59
都より山川80里、往復一か月の日数を要して踏み分けた熊野参詣道。熊野99王子の最後に位置する「多冨気王子社跡(たふけ)」。起源・由緒は不明なるも「手向け」が転じたとする説、王子社を設けた那智山の社僧の名に因んだとする説があるという。
今は大きな石碑が残るのみ(写真下)・・・・・・・・
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那智山の麓から那智大社への旧参道。敷石段267段・距離600m余・標高差100m。両側に並ぶ杉並木は132本、他に老楠・竹林を見る。飛び交う「カラスアゲハ」・「クロアゲハ」等の蝶を目にするも最早カメラを向ける気力は失われてしまった・・・・・・・
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13:32 ようやく登坂の終わりを迎える。僅か600mを何と時間が掛かった事よ!友の労りに感謝しながら是では次のお誘いは無いでしょうにと冷汗。
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昼食は何処で!真夏の暑さ、腐敗を恐れ弁当は持参せず。那智の滝周辺には店・食堂は多数。でもである。悲しきかな注文した「ざるそば」も喉を通らずの体たらく・・・・・・・
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暫し休息の後、青岸渡寺・滝を参拝するは省略。滝前より14:56発バスに乗車。那智勝浦駅へと戻る。、
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JR那智勝浦駅発16:09発、和歌山市迄約4時間。何んとか帰りの車中に仲間入り出来ました。暑さには、ホトホト参った!参った!幾度も死ぬかと思ったとは大袈裟な!笑い話で済ませて下さい・・・・・・・・暫くは完全休養!!

20時を過ぎ、帰り着いた駅前近く「別れの晩餐」。熱い和歌山ラーメンの美味いことよ!




この記事へのコメント

翔女
2017年07月29日 17:58
頑張っていますね❤
美女に、遭遇して、、踏破、無事帰宅🏠🏃💓
まだまだ行けますね!✨
尊敬します🙇⤵
2017年07月29日 20:19
若山さん、こんばんは。
お帰りなさい。そしてお疲れさんでした。
この蒸し暑さで、とても歩けそうもありません。
大門坂と着物姿のモデルは合いますね。
あまり無理をしないようにして下さい。
若山
2017年07月30日 18:17
翔女さん今日は~
はい~毎日暑いですね。歳を重ねても、暑さ!女性に滅法弱くなってしまいました。
秋風が吹くまで屋内に留まりクーラーの前で暑さが去るのを待つことに致します、
それまで太鼓が鳴らない様に願っています。
若山
2017年07月30日 18:26
セラ吉さん今晩は~
はい~これ程暑さに弱くなったとは認識不足でした。最早お誘いは頂けないのではと心配しています。
でも頑張って健康体操・手話教室は欠席無しで頑張っています。
兎も角、外出すれば何かと発見や珍しいことを目にしてブログ更新も可能ですがテレビの番をしているだけでは駄目ですね(笑)無理せず暑さが去るまで自重!自重!
いぐね
2017年08月02日 07:17
若山さま
熊野古道にて平安衣装を着ていた者です。この度は、ブログにて写真の掲載をして頂き、ありがとうございました。数々のお褒めの言葉に大変恐縮しております。ありがとうございます。
ほんの数分でしたが、若山様とお話することができたこと、大変嬉しく思います。
日に日に暑くなってまいりますので、くれぐれもお体にお気をつけください。
若山
2017年08月02日 09:40
いぐね様おはようございます
思いも依らぬご訪問・お言葉を頂き嬉しいです。有難うございます。
当日、何も慌てなくとも良いものをお恥ずかしい!有頂天になってしまいカメラ設定を考えないでシャッターを押すばかり、是は何時もの事ですがもっと冷静になって写真を撮らせてもらえばと後悔しています。再びのチャンスはないのですから・・・・

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